「地図なんか見て、何か調べてるんです?」
「んー……」
コーヒーの入ったマグカップ片手に、ソファ前を通りかかったリッドが問いかけた。は中央の地図をテーブルに広げて見ていた。見ているのは第五研究所。今はもう崩壊して近づけなくなっている。恐らくここに賢者の石の情報があったに違いないのだ。
「第五研究所っすか? この間崩壊したでしょそこ」
「んー……」
は空返事する。何か、何かが引っかかる。この地図から何かわかりそうなのだ。
「元々崩壊の危険性があって使われてなかったところですよ」
「んー……知ってる」
「突然崩壊して、隣の刑務所は大変だったでしょうね」
「……刑務所?」
が初めて顔を上げた。ほら、とリッドが指さす。
「第五研究所って刑務所と隣合ってるんすよ」
刑務所は今も稼働中です、とリッドは付け足す。
賢者の石を研究していたらしい第五研究所。その隣に建っている刑務所……――
「っ!!」
ガタンと音をさせては立ち上がった。
「うお、びっくりした。どうしたんです将軍」
「……」
リッドの言葉には反応せず、は頭をフル回転させた。
第五研究所に何故忍び込んだのか、アームストロングもエドワードも教えてくれなかった。エドワードは「聞かないでくれ」とまで言った。何故これを今まで放置していたんだ。
彼らが言いたくないこと。「聞かないでくれ」というエドワードの言葉は、誰かに口止めされたわけではなく、彼自身の感情として言いたくない事だったからだ。
そしてアームストロングがヒューズ殺害後のロイの質問に答えられないと言ったのは、軍の上層部、少なくとも大佐以上の人間から口止めされたから。つまり軍の上層部が絡んでいる。
軍が関わっていて、エドワードの心理として言いたくないこととは?
は力なくソファに座り込んで苦々しげに眉間を抑えた。
「……この予想が合ってたら、恨むぞあいつら」
ギリと歯噛みする。
の予想が合っているなら。信じたくないけれど、そんな事がもし可能であるならば。無を有にすると言われ、不老不死の法とも言われているほどの高エネルギー物質を作るための材料になるのは、等価交換されるものは――刑務所の死刑囚だ。
「さんッ!!」
バンッと大きな音をさせて執務室にレインが駆けこんできた。を呼ぶ声には緊張感が滲んでいた。
「なに、レイン。今ちょっとそれどころじゃ……」
「あーもー聞いてくださいぃ! 大変なんですってば!!」
「いいから早く言えよ」
リッドがコーヒーを飲みながら先を促した。
「ヒューズ准将殺害の容疑者として、マリア・ロス少尉が聴取を受けているそうです!」
「……は?」
今、彼は何と言った?
ヒューズ殺害の容疑者がマリア・ロス?
の頭の中を様々な思考が駆け巡る。
あれはホムンクルス達がやった事で。容疑者がマリア・ロスで……――
「はぁ!?」
混乱してきたは改めて声をあげた。
「お前、それデマじゃねぇだろうな? だってあのロスちゃんだぜ?」
「本当だってば!! ちゃんと憲兵司令部の人達が話してたの聞いたんだから!!」
胡散臭そうに言うリッドに、レインが頬を膨らませて抗議する。それからレインはもう一度に向き合った。
「ヒューズ准将の殺害現場の公衆電話近くに、ロス少尉が居たのを目撃した人がいたって言ってました」
「うそ……」
「嘘じゃないですよ! もう、さんまで!」
信じてよ! とレインが言う。だが、の耳にその非難の言葉は入っていなかった。
事実を知っているのはだけ。だから、誤報が飛び交ってそれを信じるのも仕方がない。だが、何故今頃になってその話が出てくる? ヒューズが殺されたのは一ヶ月以上前の話。その時の聞き込みで目撃者は誰もいなかったはずだ。一ヶ月も経ってから目撃者がでてきたとでも? 可能性が無くはないが、それではなぜ今まで黙っていたのか。
言えない理由でもあった?
口止めされていた?
いや違う。
なぜならば、は犯人を知っているからだ。目撃者がいたとしても、マリア・ロスが犯人ではないのだ。
「本当にロスちゃんが犯人だと思います?」
黙ったままのにリッドが問う。は首を振った。
「……そんなはずない」
の声は震えていた。
「でも、じゃあ目撃者っていうのは?」
「つーか、事件当時近くには誰もいなかったんじゃなかったのかよ?」
目撃者いたのか? と聞くリッドに、知らないよーとレインが困ったように答える。
そこでがハッとする。
そうだ、ヤツならば出来るのだ。あの姿を変えることができるホムンクルスならば。
マリア・ロスの姿でヒューズを殺害することも。
別の姿になって「犯人がマリア・ロスだ」と証言することも。
「……まいったな」
その小さな呟きが部下の二人にはっきり聞こえることはなかったが、リッドが僅かに視線を向けた。は小さく舌打ちする。
仮にあのホムンクルスが別の姿になって軍に情報を流したのだとしたら、ホムンクルス達は軍の内部にまで影響を与えているということじゃないか。
31.報道と真実
数日後。軍内部でしか知られていなかった、マリア・ロスがヒューズ殺害の容疑にかけられている話は一般人にも広く知られることとなった。
「マリア・ロス少尉を、先月のマース・ヒューズ准将殺害事件の犯人と断定」
から新聞を受け取って、リッドが一面の見出しを声に出して読み上げる。そこにはロスの顔写真と、目撃者がどうだのと長々と文字が連なっている。
「じゃあ、やっぱりロス少尉が……」
レインが悲しそうに顔を歪める。
「妙じゃねえ?」
胡散臭そうにリッドが新聞を畳んでデスクへと放り投げた。その言葉にレインが首を傾げた。
「妙って……リッドくん、何が?」
「馬鹿だな、お前」
ため息をひとつつくと、一瞬だけをちらりと見て、リッドは話を始めた。
「なんでここまで大っぴらにする必要がある? 同僚殺しなんて軍にとっちゃ不名誉極まりない。なんでこんな新聞の一面にデカデカと載せるんだよ。ただでさえ低い軍の信用を更に落とすだけじゃねえか」
「それは……そうだよね」
「憶測だけどな。ヒューズ准将を本当に殺したヤツが、ロスちゃんを犯人に仕立て上げる、新聞で大々的に報道すれば、誰もがロスちゃんが犯人だと思うだろ。メディアってのはそれだけ影響力があるんだよ」
「なるほど……で、でも、そうなると本当の犯人が憲兵司令部とメディアに情報を渡したってことじゃないの!?」
そういうことだな、とリッドは言う。
レインが意見を聞きたいとばかりにへと視線を向ける。その視線に気づいたはため息をついた。
「相変わらず頭の回転早いね、リッド」
黙って聞いていたはそう言って、リッドのデスクから新聞を取り上げた。リッドと同意見というわけだ。は一度読んだ記事に再び目を通して、新聞をぐしゃりと握った。
「やりすぎなんだよ……」
忌々しげに呟いたその声は、小さすぎて部下の二人の耳には届かない。
それにしても、軍はここまでホムンクルス達にいいように踊らされているのか。情けないような腹立たしいような。どちらもどうにかしなければいけないが、その前にどうやってロスを助けるかが問題だ。
だが、が動く前に、
マリア・ロスは殺害された。