むかーしむかし、といっても四年前のお話です。
中央司令部には二人の子供が特例で軍人となった者達がいました。
一人の名は・。十三歳で大尉の地位にいました。
もう一人の名はシュウ・ライヤー。十六歳で中尉の地位にいました。
二人は親友同士でした。互いに文句も多い二人でしたが、気が置けない友人だったのです。
そんな四年前のある日、達のところに一つの仕事が舞い込んできました。
内容は「東部のある町の外れで行われている違法合成獣の研究の取締り」
違法合成獣とは、ただの研究ではなく、軍に反抗する者達が作った凶暴な合成獣のことです。町の住人から、「昼も夜も怪しい獣の鳴き声が聞こえる」というのが最初の通報内容でした。
そこに派遣されることになったのは、とシュウでした。
二人は一緒に仕事をすることを嫌がりましたが、仕方なく詳しい話を聞くためにイーストシティへと向かいます。イーストシティの東方司令部司令官はマスタング中佐です。二人は中佐に話を聞いた後、司令部から三人の兵を借りて、研究所へと向かいました。
イーストシティから車で一時間。周囲に家の少ない町では研究所と思しき建物はすぐに見つかりました。町の外れの小屋で、合成獣の唸り声が聞こえたのです。
二人と兵達はあっという間に研究員たちを取り押さえました。
それから、事の報告と処理について中央司令部へと連絡しようとしましたが、その研究所にあった電話は壊れてしまっていました。仕方なく、シュウが町中の公衆電話へと向かうため、一人研究所から離れたのです。
事件はすべて、それから起こりました。
ガシャン。何かの音と共に、合成獣の唸り声が聞こえます。捕えたはずの研究員が、近くにあったレバーを下げ、何かを作動させようとしていたのです。
突然、奥から低い唸り声と足音が聞こえました。最初は虎のようにみえました。でも虎ではありません。頭に鋭い角をつけ、牙も爪も虎のそれとは比較にならないほど大きく鋭利だったのです。そして足には改造されたように鋼鉄の鎧がつけられていました。は一目でそれが対軍用に作られた合成獣であることがわかりました。
あっという間の出来事でした。
二頭の合成獣は兵も研究員も殺してしまいました。勿論、も無傷ではありません。持前の素早さと銃を駆使して、何とか一頭を撃ち殺しました。
シュウはまだ帰って来ません。
壁にかかっていたランプが落ち、研究所には火が回っていました。
意識が火に持っていかれたその時、の身体に衝撃がありました。それと同時に腹部に何か熱いものを感じ、呼吸が苦しくなり、は血を吐きました。
の腹を、合成獣の角が貫いていたのです。
はその場に崩れ落ちました。もう目も耳も機能を失いかけ、言葉を発することもできません。
でも、このままでは合成獣が町へと出ていき、被害はもっと大きくなってしまいます。動けなくなったは、最後の力を振り絞って、床に血で錬成陣を描きました。たちまち地面から檻が現れ、その合成獣は閉じ込められました。
血と炎。それが、が最後に見た光景でした。
はわずか十三歳という若さで死んだのです。
そう。死んだはずでした。
しかし、気が付くとは目を開けていました。手足に感覚があります。腹部には激しい痛みがあり、自分が生きていることを気付かせました。にはわけがわかりません。
ふと周りを見ると、そこは研究所ではない小さな小屋でした。
それから自分を呼ぶ微かな声が聞こえました。目を向けるとそこにいたのは地面に倒れているシュウでした。
は息を呑みました。
……シュウには下半身がなかったのです。
何が起こったのでしょう。
は自分が倒れていたところに錬成陣が描かれていることに気が付きました。シュウが人体に詳しいことはも知っていました。シュウは、の死体を以って、人体錬成を行ったのです。
人体錬成は禁忌です。成功例も聞いたことがありません。それでも、は生きていました。生き返ったのです。
下半身を無くした血まみれの人間が生きていられるはずもありません。その時まだ意識があったことも奇跡でした。
どうしてこんな事をしたのか。は死にゆくシュウに泣きながら問いました。
シュウは言いました。
別に、理由なんてない。
ただ、お前に死んで欲しくなかった。
生きていてほしかった。
ただ、それだけだ。
シュウは最後にに自分のつけていた赤いピアスを片方だけ渡しました。そのピアスは、シュウが母親から唯一貰った大切なものでした。それを渡したのは、シュウがを一人にしてしまうことの、謝罪のようなものでした。
そうして、シュウは両手を合わせました。小屋に火を放ったのです。
人体錬成の跡が残っていて、そこからが出てくれば軍にいられなるかもしれません。最悪、実験体になってしまうかもしれません。
だから、シュウは小屋を燃やそうと考えたのです。自分の死体ごと。
離れたくない、と。自分もここに残る、と。
は泣きました。
それをシュウは叱りました。
これからの時代には、お前みたいなやつが必要だ。
そう言ってシュウは笑いました。
生きろ
それが、が最期に見たシュウの記憶でした。燃えさかる炎の中から、はシュウを残して小屋を飛び出しました。お腹の傷はズキズキと痛みますが、気にしてはいられません。
背後に小屋の焼け崩れる音を聞き、は振り返りました。崩れる小屋の中に、シュウはいるのです。いえ、あの出血ではもう息はないかもしれません。
はただ、その崩れゆく様を呆然と見ていました。
小屋は燃え続けます。小屋は崩れていきます。
そして、はイーストシティへと向かって歩き出したのです。
涙もすべて乾き果てたあとでした。
シュウはこうして死にました。
はこうして生を得ました。
四年前の話は、これでおしまいです。
28.彼女と彼の生きた道
「ほい」
は公園の近くにある店でジュースを買ってきて、エドワードに差し出した。話の途中からずっと俯いていたエドワードが初めて顔を上げた。と目を合わせずにジュースを受け取ると、また目を逸らした。その様子を見てが苦笑する。
一瞬見えたエドワードの表情。まさかここまで悲しそうな顔をされるとは思わなかった。
はエドワードの隣に再び座り、ジュースを一口飲んだ。
「イーストシティでスカーと戦った時さ、私突然腹痛み出したじゃん? 古傷って言ったけど、あれ合成獣にやられた傷なんだよね」
エドワードがぴくりと反応する。ベンチの背もたれに背を預け、は空を見上げる。こんな湿っぽい話をしているのに、空は皮肉なくらいに快晴だ。
「胃はズタズタ。だから一度にたくさん物は食べられないし、激しい運動をすると痛み出すってわけ。大体十分強ぐらいかな」
自分の腹を撫でながらが言う。
激しい運動は胃に負担をかける。タッカーの家から全力疾走し、スカーとあれだけ戦えたのは、制限時間内だったから。突然痛み出したのはリミットがおとずれたから。リミットが来れば、イーストシティの時のように激しい痛みが全身を貫く。
「……ごめん」
ぽつりとエドワードが呟いた。
「なにが?」
「話したくない事、話させちまって……」
がふっと笑う。
「いいよ。いつか話そうとは思ってたから」
「え……?」
「私だけあんた達の話知ってるなんてフェアじゃないでしょ?」
はロイからエドワード達の人体錬成の話は聞いていた。だから、いつか自分の話もしようと思っていた。それがいつになるかはわからなかったし、なかなか話しだせずにいたけれど。
「最初にロイからエドの話聞いた時にね、妙に親近感持っちゃったんだ。あいつと同じことする馬鹿がいるんだなーって」
笑いながらが言う。
そう言われて初めて気が付く。恐らくロイがにエドワードの話をしたのはこういう理由からだったのだ。シュウと同じ事をした、わずか十一歳の少年の話を。
「だから、いつかエドには話そうと思ってた。私の意志だから、エドが気にすることじゃないよ」
でも、とエドワードは言う。
はぽんぽんと隣のエドワードの頭を撫でた。エドワードはされるがままに俯いていた。
「さて、と。ここでいいよ」
「ああ」
数十分後。とエドワードは駅にいた。エドワードに持たせていた荷物を受け取り、はにっこりと笑った。
「んじゃね。また何処かで会ったら、その時はよろしくね」
次は一体いつ会えるだろうか。今回イズミの家で会ったのは奇跡であった。
「あ、アルにはさっきの話……うん、エドから話してくれてもいいよ。嫌なら、次に会った時にでも私が……」
「いや……オレから言っとく」
ふと思い出す。
昔、自分が禁忌を犯したときに来たマスタング中佐。彼の怒り様は尋常じゃなかった。
ただ法を犯した事に対する怒りじゃない。その眼には悲しみや戸惑いが映ってはいなかっただろうか。
今になって言える事だが、きっと彼は自分とシュウを重ねて見ていたのだろう。
大切な人を助ける為、自分の身を顧みずに禁忌を犯したという共通点。
――そんな事も、今更、だ。
ふうと息を吐き出す。
ジリリと列車の発車のベルが鳴り、は列車に乗り込んだ。
「じゃ、またね。エド」
「おう。元気でな」
「エドもね」
窓から手を差し出す。エドワードがその手をとった。列車が動き出すと、すっと自然にその手は離れる。
エドワードはしばらく遠くなっていく列車を見ていた。