27.昔話





 窓から太陽の光がさしこむ午前中。

「さて! 荷物はこんなもんか」

 両手を腰にあて、満足げには自分の荷物を見下ろした。来た時より微妙に荷物が増えているのは、ダブリスに来てから買ったものばかりだ。
 そして、は背後のドアを振り返り、ふっと笑った。

「そんなところに突っ立ってないで、入っておいでよエド」

 少し間をおいて、ゆっくりとドアが開けられた。そこには驚いた顔のエドワードが立っていた。

「気付いてたんだな」
「私を誰だとお思いで」

 はそう言って笑う。

「あれ? 帰るのか?」

 エドワードがの足下の荷物を見て言った。も荷物を見下ろす。

「うん。あんまり長い事お世話になるのも悪いし、そろそろ頃合いかなと。たまには自分の家にでも帰ろうかなと思って」
「自分の家?」

 意外そうな声を聞いて、が眉間に皺を寄せた。

「なに? 私が家無しの放浪者とでも思ってた?」
「いや、そうじゃないけど」
「一応家はありますよ。軍の寮だけど。中央司令部からちょっと離れたところにあんの。もう三ヶ月くらいまともに帰ってないなあ」
「埃とか……」
「溜まってたなあ……あーあ、やだなあ掃除」

 滅多に帰らない家である。帰っても荷物を取りに帰る程度だ。まともに長く帰るのは久しぶりになるため、まずは掃除から始めなければならない。は面倒だと言いながらも、それも慣れているといった様子だった。
 エドワードは、どう声をかけようか迷っていた。
 ここに来たのは聞きたいことがあったからだ。昨日、写真を見て浮かんだ疑問。始めはグリードの言葉がきっかけとなったが、写真を見てほぼ確信した。それを確認するためにのところに来たのに、内容が内容なだけになかなか話しかけられない。わざわざ聞きに来たのに、いざ聞こうとすると気持ちがくじける。

「あの、さ。
「なに?」

 勇気を出してに声をかける。ベッドを整えていたが明るい顔で振り返った。

「……」

 そして思わず無言になってしまった。
 きっと、いや絶対に、この質問はにとってされたくはない質問なのだ。彼女の表情を暗くすることは間違いない。
 は不思議そうにエドワードを見ていたが、開けていた窓を閉めに歩いて行った。

「さて! そろそろ行くかね」

 時計を見て、は言った。
 窓を閉めると、戻って来て荷物のうちのひとつを左手で持つ。そしてエドワードの前に歩いて来て、

「はい、持って」
「は?」

 押し付けると、思わずエドワードも受け取ってしまった。何食わぬ顔でもう一つの荷物を持つと、すたすたと部屋から出て行ってしまった。

「おい! ちょっと!」

 唖然とが部屋から出ていくのを見送ってしまった後、エドワードははっとしてを追った。

「イズミさーん! どうもお世話になりましたー」

 の声が店の方から聞こえた。包丁を研ぐ音が止まる。

「は? 帰るの?」
「はい! 帰ることにしました!」

 呑気なの声の後。

「ぬぉあっ!?」

 ドスッ、と包丁が刺さる音がして、エドワードは足を止めた。行くべきか、行かざるべきか。巻き込まれたくない一心でエドワードは迷った。それにしてもイズミの包丁投げを何度も避けるはやはり訓練された軍人であるのだろうとエドワードは思った。仕方なしに店の方へと歩いていく。

「来るって言いだしたのも突然! 帰るのも突然! どうしてお前は何をするのも唐突なんだ!」
「え、いやあ、そんな事言われましても」

 怒鳴るイズミに怯えもせずに、やはり壁に刺さっていた包丁を何事も無かったかのようには抜いた。自分には出来ないとエドワードは思った。

「……まあ、いいわ」

 が差し出す包丁を受け取り、イズミは呆れたようにため息をついた。

「またおいで。今度はもっと早く連絡よこしなさいよ」

 ぱぁっとの表情も明るくなった。

「はい! ありがとうございます!」

 は元気に返事をした。

「あ、エドがどうしても私の事見送りたいって言うんで連れていきますね!」
「はぁ!?」

 ニコニコと笑顔のままイズミにそう告げる。勿論、エドワードにそんなつもりなど全くない。

「さあ、荷物持ち! 行くぞー!」

 何か言おうとしたエドワードを無視して、が元気よく店を出ていく。

「ちょ、待てよ!」

 持たされている荷物をそのままにしておくわけにもいかず、エドワードは仕方なくの後を追った。
 はのんびりと、まるでダブリスの街を別れ際に堪能しているように歩いていたため、すぐに追いついた。

「ったく、なんでオレがの荷物持ちなんか……」
「文句言わない言わない」

 ぶつぶつと不機嫌そうに文句を続けるエドワードに対して、は随分ご機嫌だった。
 ふと、が突然道を曲がった。――駅まではこの道をまっすぐ行かなければならない。

「おい? 駅はそっちじゃ……」

 エドワードがを引き止める。が、は笑顔で振り返った。

「まあ、ついて来なさいな」

 先を歩くに、エドワードはわけもわからずついていった。
 少し歩くと公園についた。あまり大きくはない、人は誰もいない公園だった。何故公園なのかとエドワードは首を傾げる。
 は公園の中のベンチに腰を下ろすと、自分の隣をぽんぽんと叩いた。

「はい、座って」
「何なんだよ一体」

 いいからいいから、とが促す。わけもわからず、エドワードは荷物を置いての横に座った。

「さて。聞きたいことがあるんでしょ?」
「えっ!? なんで……」

 唐突なの言葉に、エドワードが目を丸くする。まさか、そんな事を言われるとは思っていなかった。

「何か聞きたいことがあるから私に会いに来たんでしょ。いいよ。答えてあげるから言ってみなさいな」
「……珍しいな。答えてあげるなんて」
「まあ、今日は機嫌がいいからね」

 自分がそれほどまでにわかりやすい態度だっただろうか。それとも、昨日の件で自分が疑問を持つこともその疑問を尋ねに来ることも既に予測していたのか。
 どちらにせよ、質問を許可されたからには、聞きたいことを聞こうと思った。頭をガシガシと掻いて、何から聞くべきか考える。

「じゃあ、本題の前にひとつ」

 エドワードが切り出した。

「お前の手帳に挟まってた写真の黒髪の軍人。あいつがシュウ・ライヤーか?」
「! ……なんで知ってるの。いや、なんで私の手帳見てんの」
「昨日部屋行ったら落ちてた」
「読めた?」
「全然」
「だろうね」

 にやりとは笑みを浮かべた。
 はエドワードから視線を外し、目を細めて、昔を思い出すように遠くを見た。

「そう、彼の名前はシュウ・ライヤー。私より三つ上でね。本音でモノが言えて、弱音も吐ける……私の最初で、きっと最後の親友」

 懐かしむような口調でが言った。

「もう、この世にはいないけど」

 やっぱり、とエドワードは思った。からも、ロイやヒューズ達からも、今までその名前を聞いたことはなかった。とそこまで仲が良いのであれば、一度くらい名前が出ても良いものだ。
 最初で最後の親友。それほどまでに、信頼していたのだろう。そんな人物を失って、は一体どんな想いをしたのだろう。

「死んだのは四年前。私が十三の時。……シュウとは境遇が似ててね。錬金術を使うし、子供の頃から軍人だったのは私とあいつの二人だけだったし、お互い両親がいないところも」
「ちょっと待て。の両親って……」
「あれ、話してなかったっけか。母親は私を生んですぐに病死。それから何年かして中央に越してきたんだ。出身は北部なんだよ、私。それから軍人だった父親はイシュヴァール戦で。九歳の頃」

 の境遇の話を聞いたのは初めてだった。イシュヴァール戦は東部で行われたため、ウィンリィの医者であった両親も戦地に赴いていたが、帰って来ることは無かった。の父親も軍人であったならそういうことなのだろうとエドワードは思った。

「その、シュウってやつも両親は死んだのか?」
「シュウはね、四歳の頃に母親に捨てられたの。父親のことは覚えてないって言ってた」

 捨てられた。四歳の少年は、一体その時何を思ったのだろう。
 自分達は母親がすごく大切だったし、大好きだった。それなのに、そんなまだまだ母親に甘えたい時期に、その母親に捨てられてしまった。
 も普通に話してはいるが、自分を生んですぐに病死したのならば母親の記憶は無いのだろう。
 二人とも、寂しい思いをしたであろうことは想像できた。

のそのピアスって……」
「うん。シュウの形見。一つはあいつがつけたまま死んだ」

 が左耳を触りながら、少しだけ寂しそうに笑った。それが今までに見た事のない表情で、エドワードはどきっとした。やはり、にとって、あまり話したくは無かった話だったのではないか? そう今更思ってももう遅い。話は始まってしまっている。

「さて。シュウの話を聞いたなら、次の質問は決まってるね」

 が促す。

「……昨日、グリードが言ってた話」
「私が一度死んで生き返った、って話ね」

 エドワードの言葉に、は頷く。

「死者が生き返ることが、本当にあり得るのか……?」

 そうであれば、自分達はなぜ失敗したのか。イズミも、人体錬成を試みたものはなぜ皆失敗しているのに、は成功したのか。
 は深く息を吐いて、遠くの方を見ていた。

「私も生き返らされた側だからね。シュウはそれで死んだし、長く話すことはできなかった。だから、予想も交えながらでしか話はできない。それでも?」
「構わない」

 エドワードがはっきりと答えた。

「それじゃあ、ちょっと長くなるんだけどね……昔話でもしようか」