ダブリスのはずれにある墓地に許可を取り、三人の遺体が埋められていく。兵達がスコップで穴を掘る音と、彼らの会話だけが聞こえる。
 それを少し離れたところで、とアームストロングの二人が見ていた。

「痛そうだね」
「む?」

 が作業している方を見ながら唐突に言った。アームストロングが聞き返すと、は自分の右目を指差しながら隣を見上げた。

「目」
「ああ……」

 デビルズネストでの戦いで負った怪我だった。頭から右目にかけて包帯が巻かれている。大したことは無い、とアームストロングは答えた。


「ん?」

 再び作業の方に目を向けたに、アームストロングが呼びかける。

「なぜデビルズネストにいたのだ?」
「言ったでしょ。エド達が気になったからだって」
「それだけか?」

 はアームストロングを見ずに少し黙り込んだ。

「他に何の理由が?」

 が逆に問いかける。

「ウロボロスの印を持つ男」
「……それが私と何の関係が?」
「いや……知らぬのならば良い」

  はちらりとアームストロングに目を向けたが、またすぐに視線を前へと戻した。
 他にウロボロスの印を持った者に心当たりがないか探りを入れたのだろうとは思った。恐らく彼らは第五研究所の件で既に誰かに会っている。も二人会っているが、それは誰にも話してはいないことだ。

少将! 埋葬完了しました」

 敬礼してに伝える。が笑顔を返した。

「ご苦労様。解散していいよ」
「はっ」

 兵は返事をして、他の兵達の方に走って行った。の言葉を伝えたらしく、伸びをしたり欠伸をしたりしながら兵達がばらばらと帰って行く。
 そんな兵達を、とアームストロングは見送った。

「……近頃は人がよく死ぬ」

 突然アームストロングが切り出した。

「内乱や暴動の多発。そして、何者かによる不穏な動き……」

 は答えない。アームストロングが息を吐いた。

「昔はなかなか平和な国であったのにな」

 アームストロングが懐かしむように言う。すると、今まで黙っていたが口を開いた。

「今みたいにこの国がごたごたしてきたのは、今の大総統に変わってからなんだよ」
「!!」

 驚いてアームストロングがを見る。それでも、は淡々と話し続けた。

「国の最高責任者になったのが大体20年前くらい。内乱、暴動が多発してきたのも約20年前」
「……」
「信じられない? でもほんとだよ。ダブリスに来てから、図書館で過去の新聞記事も見たし、中央の資料室でも見た事がある」

 はダブリスに来てから、時々図書館に通っていた。ヒューズが一体何を調べていたのかを、少しでも探るためだった。彼は各地で内乱が起こっているということを話した後に資料室に突然向かった。だから、各地の内乱や暴動の記事を探して読んだ。遡って行くと、20年程前から途端に暴動の数が増えた。小さな図書館であったため、南部の記事が多数で他の地域の詳細な記事を見るには、中央の図書館や資料室に行く必要があるだろう。
は両手をポケットに突っ込み、息を吐いた。

「『邪魔するものはなぎ払え』っていう考え……どうしてそこまで徹底するのかわからない」
……」
「少佐はあれでいいと思ってるの?」

 今までとは違う強い口調。はアームストロングを見上げて問いかけた。
 アームストロングは言葉に詰まった。彼はそれを実行できていない。情が働いてしまうのだ。そう考えればとは考えは同じなのだが――

「……閣下のやり方を否定はできまい」

 固く目を瞑り、アームストロングが言った。

「悪いけど」

 その直後、はまたすぐに口を開いた。

「私は今まで一度たりとも、大総統に忠誠を誓った事なんてないよ」

 アームストロングが驚いて目を開いた。その言葉は軍に対する反逆に等しい。

「国家資格も取った。少将にまで上り詰めた。みんな少しでも私の力を強くするために……」

 そこまで言って、は目を閉じ、息を吐いた。

「……ちょっと喋りすぎたね」
「……
「少佐ももういいよ。お疲れ様。付き合ってくれてありがとう」

 困惑しているアームストロングに笑いかけると、は背を向けて歩き出した。自分の発言がまるで重要ではなかったように反応を何も示さずに立ち去るに、アームストロングはどう受け取るべきかわからなかった。




26.同じピアス





「ただいまー……」

 バタン。
 は開けたカーティス家のドアをすぐに閉めた。ドアにドスドスドスと包丁が刺さる音が聞こえる。誰がやったのかも何故やったのかもわかるわけだが、避けられなかったらどうするつもりだったのか。軽率に包丁を投げるのをやめてほしいとは思う。
 バーン、と音がして勢いよくドアが開いた。ドアの内側にはやはり何本かの包丁が刺さっている。
 そこには鬼も裸足で逃げ出すような表情で立っているイズミの姿。逆光なのが怖さを増している。

「イ、イズミさ……」
「この大馬鹿者がッ!!!」

 ヒッとが身を縮ませる。

「あれだけ家で大人しくしてなさいって言っただろうが!!」

 イズミはを鬼の形相で睨みつけていた。

「だって……」
「だってじゃない!!」

 が一歩後ずさると、イズミが一歩追い詰める。

「大体、今何時だと思ってる!!!」
「ごめんなさいいいいい!!!」

 殴りかかりそうなイズミの勢いに負けて、がついに頭を下げた。殴られるか、それとも包丁か。どちらも覚悟して、両目をぎゅっと瞑った。

――師匠、が帰って来ても怒らないであげてください
――死んじまった敵を埋葬するって言って……


 イズミは先程エドワードとアルフォンスに言われた言葉を思い出した。二人はもっと前に帰って来ていた。
 自分が何をしてきたのか、は話さない。

「……ハァ」

 頭を下げたままのを見て、イズミがため息をついた。そして呆れたような表情でを見ると、背を向けて歩き出した。

「イ、イズミさん?」

 遠ざかる足音を聞いて、は頭を上げる。
 イズミは家のドアまで行くと、ドアに刺さった包丁を抜いて、を振り返った。

「何してんの。早く入りな。……ご飯温めるから、ちょっと待ってなさい」
「あ……はい!」

 は顔をぱっと明るくして、イズミの後を追った。イズミはふっと微笑んだ。


コンコン。ノックの音が響く。だが、それに応える声はない。

?」

 もう一度ノックの音が聞こえ、エドワードの声がした。

ー? 入るぞー」

 ガチャリとドアを開けて控えめに顔を覗かせているのはエドワード。そしてその後ろにアルフォンスがいた。部屋の中を見て目的の人物を探すが、すぐに見つかった。はベッドの上で静かに寝息を立てていた。

「お? 寝てんのか?」
「やっぱり疲れてるんだよ。怪我してるのに暴れたんだろ? ていうか兄さん、寝てるのにズカズカ入っていったら悪いよ」
「別にいいだろ。だし」
「理由になってないって」

 はあ、とアルフォンスはため息をついて、先に室内に入って行ったエドワードの後を追った。

「何だよ。ほんとに寝てる」
「もう、ったら。風邪ひいちゃうよ」

 そう言いながら、アルフォンスはずり落ちている布団をにかけた。

「大丈夫だって。馬鹿は風邪引かないっていうし……ん?」
「どうしたの?」

 エドワードが屈んで床から何かを拾い上げた。

「手帳か?」

 エドワードが裏返してみながら言った。片手サイズの小さな冊子だった。

「手帳? もしかして研究のかな」

 アルフォンスが言うと、エドワードはニヤリと笑った。

「チャーンス。流水の錬金術師殿が一体どんな研究をされているのか、拝見させていただこうじゃあないか」
「悪い顔だなあ……」

 そう言うと、エドワードは無遠慮に手帳を開いてみた。何ページかぱらぱらと開く。

「ん? んんー?」
「読めそう?」
「……お前読めるか、これ」

 エドワードがページを開いたままアルフォンスに中身を見せた。目を通し、アルフォンスは首を振った。

「……全然。意味のある言葉にすら見えないね」
「だーっ! どんな暗号使って書いてんだこれ!」

 確かにアルファベットは見覚えのあるものだった。だが、そこに書かれている単語はどれも見た事の無いものだった。いくつかアルファベットをずらして読んでも、並び変えてみても、やはり意味のある言葉にはならない。独自の暗号であることは確かだった。錬金術師は研究が他人に漏れないように、皆何かしらの暗号を使って書いているものである。

「あ、兄さん。何か落ちたよ」

 手帳を振り回しているエドワードに、アルフォンスが言った。ひらりと、手帳から落ちたそれはゆっくりと床に軟着陸した。

「え? おっと、ほんとだ……」

 それは、一枚の紙だった。

「写真?」
「だな」

 そこに写っているのは四人の人物だった。

「わあ、これじゃない?」

 アルフォンスの指さす先。今よりも短い髪に変わらぬ瞳。人懐っこい笑顔でピースをしている。

「お、ほんとだ。軍服着てる……こいつ本当にガキの頃から軍にいたんだな」

 その脇には今よりも若いロイとヒューズが、これまた笑顔で立っていた。

「……こいつ、誰だ?」

 エドワードが呟く。
 の隣で一人だけ無表情でいる黒髪の少年。エドワード達が見た事がない人物だった。

よりは年上っぽいけど、この人も子供だね」

 アルフォンスが言う。それに相槌を打ちながら、エドワードは眉を寄せる。

「……シュウ・ライヤー」

 デビルズネストでグリードが言っていた名前だ。

「え? 何て言ったの兄さん?」
「ああ、いや。何でもない……ん?」

 エドワードが写真を見ながら首を傾げた。

「今度は何?」
「ピアス……」
「え?」

 エドワードが少年の耳元を指差した。

「こいつのしてるピアス……のと同じだ」
「あっ!」

 エドワードの言う通り、少年の両耳にはの普段つけている赤いピアスと同じ元がつけてあった。写真に写っているはピアスをしていない。

「何者なんだろう、この人……」
「……」

――知ってるとも! あんたがシュウ・ライヤーに生き返らされたってなァ!

 グリードはそう言っていた。が一度死に、そして生き返らされたのだと。それが本当であれば、人体錬成だ。その、シュウ・ライヤーという人物が無事である保証はない。自分たちだって、身体をもっていかれたのだから。
 シュウ・ライヤーという軍人が今の近くにいないのは?
 の左耳だけの赤いピアスが、もしそういうことだとしたら?
 エドワードは黙って眠っているを見つめていた。