「イズミさん、組手付き合ってくださいよー」
「やなこった。包帯せめて半分にしてから出直してきな」
「もう大丈夫ですよお」
ぶーと口を尖らせながらは不満を露わにする。療養に来ているから当然なのだが、は暇で暇で仕方が無かった。いつもであれば、アームストロングや部下たちと定期的に組手をして体を動かしているだけに、長期の運動不足はのストレスになっていた。
「あ、メイスンさーん。組手しよ!」
メイスンというのはイズミと旦那のシグの店の店員であった。メイスンはハハと苦笑を返す。
「怪我が治ったらね。ところで、アルフォンス君、まだ帰ってないんですか?」
エドワードが飛び出していった翌日の夜。外に出て行ったアルフォンスが未だ帰っていなかった。
「そういやいないですね」
何処にいても目立つであろう鎧の姿が見当たらない。がドアを開けて外を見てみるが、そのような影は見えなかった。
「何やってんだろうね、あの子は!」
「ちょっと心配ですね」
「お姉さん、夜遊びなんか教えた覚えないよお?」
各々心配の言葉を述べる。
その夜、アルフォンスは帰って来なかった。
23.ホムンクルス
翌日、アルフォンスの足取りは早速掴めた。
「イズミさん、わかりましたよ」
足早にメイスンが部屋に入ってきた。
「きのう昼間に、西の工場跡地にアルフォンス君が入って行くのを見た人がいます」
「その後は?」
「デビルズネストって酒場に出入りしてる奴らが、でかい鎧を地下に運んでたらしいですよ」
言いながら、メイスンがイズミに何かを放り投げた。イズミは片手でそれを受け取った。
「デビルズネストね……ちょっとあいさつに行こうか」
受け取ったのは『DEVIL'S NEST』と書かれたマッチ箱。マッチをテーブルに置いて、イズミが椅子から立ち上がった。
「は大人しく家にいるのよ」
「ええ!?」
「……」
「……」
さっとイズミがを睨みつけ、はその視線から逃げるように顔を背けた。
「やっぱりついてくる気だったのかお前は!」
「や、だってアルが捕まってるんでしょ!? 助けに行くのが自然の流れってやつで」
「そんな体で何を言ってんの! あんたは大人しく家にいなさい!!」
「ええー!!」
「文句言わない!!」
そんな言い合いをすると、イズミはメイスンを睨みつけた。
「メイスン、が家から出ないように監視」
「監視!?」
「! もし家から出たらしばらくご飯抜きだからね!!」
「ええーっ!!?」
が散々叫んだのを見た後、
「じゃ、行ってくる」
イズミは店から出て行った。
の左手がイズミの腕を掴もうとして失敗に終わり、中途半端な位置で止まっていた。はイズミが出て行った既に閉まったドアを見つめるしかない。
「……酷くない? 私一応軍人だよ? そんな使えない?」
「ちゃん、怪我酷いんだから、安静にしてなきゃだめだって」
嫌だと言ってもはイズミに引きずられて医者には通っているである。しかし、イズミの家に来てから目に見える包帯は減っていない。絆創膏がいくつか取れた程度だ。痛み止めを飲んでいるため体はほとんど痛まず、実は部屋で筋トレは行っている。
一時間。二時間。イズミが帰って来るまでの間、が大人しく待っているはずがなかった。そもそも、アルフォンスを誘拐して何をしようとしているというのだ。あんな鎧に用がある人間など限られている。アルフォンスの鎧の正体を知っている人物。そんな人物が、アルフォンスを誘拐して何かをしようとしている。危険でないはずがなかった。は無言のまま店の中を行ったり来たりしていて、メイスンは店番しながらもそんな背後のが気になって仕方が無かった。
「あーッ! 気になる!! ものすっごく気になる!!!」
驚いてメイスンが振り返った。
は壁際まで行くと、壁を触りながらその場所を睨みつけた。
「家から出るなって言われたけど、家のドアから出なければOKでは? この辺に穴開けて外に出ちゃう? いやメイスンさんいるから奥の部屋の壁に穴開けて元に戻しておけば……いや、錬成痕残るからイズミさんにバレたらご飯抜きの前に殺されるかもしれない……」
ぼそぼそという独り言もすべてメイスンに筒抜けであった。
「ちゃん、ちょっと落ち着こう? イズミさんは大丈夫だって」
「これが落ち着いていられますかってのよー!」
誘拐されたのが他でもないアルフォンスである。あの大きな姿で体術に錬金術までも使える相手を誘拐できる相手が普通の人間のはずがない。イズミはアルフォンスを誘拐した人間に挨拶してくるだなんて軽く行ってしまったが、場合によっては軍が動く可能性も無くはない。
アルフォンスの秘密を知っている者。錬金術に精通しており、鎧に魂を定着させた方法を知ろうとしている、と予想する。錬金術を悪用しようとしている者、しかもそれが複数の集団であれば軍が動いてもおかしくは無い。だが、そこで軍が動いてしまうと、アルフォンスの秘密がバレてしまう。だからが行かなければいけなかったのだ。状況の判断をし、必要そうであれば南方司令部へ応援を求めることができる。
そんな事を考えていると、「ただいま」と聞き慣れた声が聞こえた。
「イズミさん!?」
が振り返ると、買い物にでも行っていたような気軽さでイズミが帰って来ていた。
「おかえりなさ……って、イズミさん!? その手どうしたんですか!?」
イズミの右手の甲からダラダラと血が流れ真っ赤に染まっていた。オーバーリアクションのに、イズミは眉間に皺を寄せた。
「いちいち煩いね、大した事ないって」
「大した事ありますよお!! 救急箱! 救急箱どこですか!!」
はそう叫びながら慌ただしく家の奥へと姿を消した。
「国家錬金術師ってのは、ああも慌ただしくなるもんなのかい」
慌ただしく査定のために家を出て行ったエドワードを思い出しながら、イズミが呆れてため息をついた。そんな事を思われているとは知らないは、必死に他人の家の救急箱を探していた。
午後。南方司令部に行っていたエドワードが帰って来た。
「エド! おかえり!」
「おー、……ただいま」
やかましいからと、箒を押し付けられて外に出されたは、思ったより早く帰って来たエドワードの姿を見て笑顔を見せる。だが、帰宅した相手はやけに疲れていた。肩を落としてため息をつきながらの帰宅である。旅疲れ、というわけではなさそうだ。
「どしたの。何だか随分疲れてるけど」
「そりゃ疲れるって……」
再びため息をつき、背後を振り返った。は視線の先を追い、箒を落とした。
「え? ええっ!!?」
一瞬自分の目を疑った。
「おお! 将軍ではないかね」
南部に似合いそうな派手なシャツを来た大総統がそこにいた。
「な、何故大総統がこのような所に……」
と言いかけた時、
「おお! ではないか!」
「って、少佐も一緒かよ!!」
大総統の後ろから見覚えのある巨体が現れた。アームストロングだ。アームストロングが再会の喜びに大きく腕を広げて駆け寄ってきたが、はそれを素早く回避した。
「それで、大総統。何故、ダブリスへ? 何かあったのですか?」
「いや、なに。エドワード君の師匠とやらに会いたくてな。来てみると、君がいたというわけだよ。君はエドワード君の師匠とは知り合いかね?」
「はい……国家錬金術師になる前にお世話になりまして……」
そうかそうか、と大総統が笑顔で頷いた。
「で、休養の方はしっかりとれているかね」
「まあ……そうですね。暇で仕方がないです」
「うむ。前に会った時より顔色が良い」
大総統は満足そうだった。
「さて。師匠とやらはどこにいるのかな?」
「ご案内します」
面倒なことになったなとは思った。イズミは大の軍人嫌いだ。軍のトップが店を訪れて気持ちよく出迎えるはずがない。
「あ、シグさん。こちら、軍の大総統閣下です」
店番をしていたシグに任せることにして、はそそくさと店の中へと入って行った。
大総統はエドワードの師匠ということで、国家錬金術師への勧誘にわざわざ来たようだった。イズミが出てこない代わりに旦那のシグへと「奥さん、国家錬金術師になりませんか」と勧めていく。シグは無口だ。頭から断りはせず、肉の値段を言っていくことでその場をしのいでいた。
埒が明かないと、アームストロングが突然上半身を脱ぎだした。筋肉を見せつけてどうしようというのか。しかし、突然シグも何を思ったのか力を入れてシャツを破裂させ、己の筋肉を見せつけた。両者しばし睨み合い、がしっと腕を組んだ。
「おお! 筋肉で生まれる友情!」
「嫌……なんて暑苦しい……」
メイスンとが店の奥からその様子を見て言った。
「はぁ!? アルが!?」
話を聞いたらしいエドワードが叫んだ。はアームストロング達からエドワードの方へと視線を移した。
「誘拐ってどういう……ええーっ!?」
「ちょーっとややこしい事になってねえ」
イズミが唸る。
「何が目的で!? 身代金!?」
「身代金目的だったら、に金出させたんだけどさあ」
「私にたからんでください」
がぎょっとして言った。
「じゃあ、身代金目的じゃないんですか?」
「アルの魂の情報をよこせと……要するにエドを連れて来いってことだよ」
の思った通りだ。アルフォンスをわざわざ身代金目的で誘拐したりはしないだろうことはわかっていた。
「どこのどいつだよ、そんなもん知りたがるのは……」
エドワードが額に手をあてる。イズミが左手の甲を指差した。
「手の甲にウロボロスの入れ墨をした、グリードという男だ」
――遊んであげる
ズキン、と右腕が痛んだ気がした。
エドワードも思い当たる節があるようで、眉を寄せた。
「信じられないかもしれないけど、ホムンクルスってやつらしい」
イズミが続けた。
ホムンクルス。なるほど、アレはホムンクルスだったのか。は思う。
ホムンクルス、人造人間。フラスコの中の人。名前はさまざまだが、錬金術によって生み出されたものであることは共通している。言い伝えのホムンクルスであれば、生まれながらにしてあらゆる知識を身につけており、フラスコの中でしか生存できないという。
一体何人いるのかわからないが、ホムンクルスは人の形をしており、ウロボロスの入れ墨をしている、不死の人物。爪を長く伸ばして攻撃する者、姿を自在に変えられる者、持っている能力は様々のようだ。
「……うそでしょう?」
エドワードが聞き返す。それは、「そんな存在いるはずがない」という意味合いではないと、は口調と表情から察した。エドワードはホムンクルスを知っている。その上で、そう問いかけたのだ。
「いや、あきらかに普通の人間とはちがった」
エドワードがイズミの手に視線を落とした。痛々しげに巻かれた包帯。がバタバタと騒ぎながら見つけてきた救急箱でシグが巻いたものだ。エドワードが家を出る時には、そんな怪我はしていなかった。
「師匠……そいつにやられたんですか?」
「ああ、これ? たいした事ないよ。予想外の敵だったんで、油断しただけ」
そして、ひらひらと右手を振った。
エドワードは意を決してイズミを見た。
「師匠。オレ、そいつのところに行ってきます」
「一人でか!?」
驚いてイズミが聞き返すと、エドワードは頷いた。
「自分達の問題だから。オレ一人で」
「ばかたれ!! あんな危ない奴らの所に、一人で行かせられるか!!」
「大丈夫ですよ!! ほら! あっちはオレ達の情報を欲しがってるだけだから!! 殺されるようなことはないだろうし! ね!」
でも、とイズミが言う。
「心配しないで。大丈夫! 大丈夫ですよ」
心配そうな顔でエドワードを見るが、すぐに諦めたようにため息をついた。
「あーはいはい。勝手に行きなさい。……晩ごはんまでには帰って来なさいよ」
「……あ、はいっ!」
エドワードは思わず姿勢を正して、イズミの言葉に返事をした。
よし、とは思った。エドワードが心配だからついていくというのは、主張が理に適っている。が口を開こうとした時。
「は店の前の掃除!」
「ええーッ!?」
「だからその怪我で何が出来るって言うんだい!!」
「おう、お前来なくていいぞ」
エドワードにまであしらわれる始末である。しかし、ここで自分もウロボロスの入れ墨に用があるからと言うわけにもいかない。この怪我は過激派にやられたことになっている。
はただ足下を見て、左の拳を握ることしかできなかった。