がイズミの家に転がり込んでから数日が経った。は客人というよりも兄弟達同様、まるで家族の一員のように扱われており、「箒で外を掃くくらいできるでしょ」と箒を押し付けられたりしていた。
「ただいまー」
医者のところに行っていたイズミが帰って来た。イズミは病気持ちだ。定期的に医者へ通院している。
「イズミさん、おかえりなさーい」
奥のキッチンからコーヒーの入ったマグカップを持ったが迎えでてきた。もで、イズミの家で勝手気ままに暮らしていた。
「ただいま、。アルは?」
「アルなら、エドと一緒にトレーニングしてますよ?」
錬金術の基礎はまず体作りから、というのがイズミの教えだ。兄弟は暇さえあればトレーニングや手合わせをしていた。
の返答を聞くと、「そう」と短く返事をしてイズミは兄弟がいる方へ向かって歩いていった。途中、はイズミが釘付きバットを持っていくのを見逃さなかった。何がどうなって釘バットなのか、医者で一体何があったのか、聞きたいことは山ほどあるが、ただはこれから起こることを思い、アルフォンスへ祈りを捧げた。アーメン、アルフォンス。せめて安らかに眠れ。
直後、イズミの掛け声と共に大きな金属音が聞こえてきた。
22.兄、南方司令部へ
「あっ!!!!」
突然エドワードが大声をあげた。マグカップを持ったまま様子を見に来たを含めて三人はエドワードの声に目を向ける。
「どうしたの、兄さん」
「ぎっくり腰?」
「ちげーよバカ!」
アルフォンスとが問い、エドワードが再び叫んだ。
「……今年の査定忘れてた」
「あ!!!」
青ざめながら言うエドワードに、アルフォンスが同じように叫んだ。
国家錬金術師は定期的に査定を受けなければならない。言ってしまえば、国家錬金術師は国の金を使って研究することを許可されている錬金術師たちである。毎年の定期的な研究報告とその成果によっては、資格剥奪の場合も大いにある。イーストシティで起きたタッカーの事件では、査定に間に合わないからと言って娘と犬を使った実験を行ったことが原因で起きた。こういった、査定前の違法な研究というのも少なからず起きているのも実情であった。
「ああ、そういえば局が『鋼の錬金術師が査定に来ない』とか言ってたっけ」
「早く言えよ!」
「忘れてたし」
いつだったか技術研究局に立ち寄った時にそんなことを聞いた気がする、とは言った。だが、結局は忘れていた本人が悪いのである。は我関せずといった状態だ。
「査定?」
イズミが問う。
「国家錬金術師の年に一度の査定!」
「これをちゃんとやっとかないと、資格を取り上げられちゃうんです」
エドワード、次いでアルフォンスが答える。イズミはふうんと相槌を打った。
「あー、最近バタバタしてたからなあ。まじーまじー」
冷や汗を流しながらエドワードが言う。
「は今年の査定やった?」
アルフォンスがに問う。はふふんと得意げに笑った。
「甘いなアルよ。軍人は査定なんてものは無いのさ」
「はぁ!? 何だよそれ!? セコッ!」
エドワードがをビシッと指さしながら言った。
「査定をやらない代わりってわけじゃないけど、毎日の仕事が査定対象になってんの。まあ、よっぽどサボってたりしてなきゃそうそう資格なんて取り上げられないけど」
「そうなのか……。大佐とかよく資格取り上げられないな」
「アレはアレでそれなりにやってるからね」
エドワードとからのロイの認識とはその程度であった。
「よっしゃ! これを機会に、軍の狗なんてやめちゃえやめちゃえ。どれ、私が軍に電話しといてやろう!」
「やめてー!!」
受話器片手に言うイズミにエドワードが叫んだ。イズミは軍人を良く思ってはおらず、エドワードが国家錬金術師になったことにも大層お怒りだったそうだ(出会い頭に蹴り飛ばされたと話で聞いた)
「とりあえず軍部に顔出さなきゃ! うん!」
何とかイズミの行動を阻止したエドワードが拳を握って言った。イズミが受話器片手に舌打ちをした。
そうしてドタバタとエドワードの出かける準備が始まった。トランクに手帳など必要最低限のものを放り込み、上着を羽織る。
「兄さん! 中央より南方司令部の方が近いよ!」
「南方司令部は、確か下りで二駅かな」
「おう! サンキューアル! !」
エドワードの後ろをついて歩きながら、アルフォンスとが言う。それに礼を言って、エドワードは機械鎧を隠すために手袋をはめた。
「レポートどうすんのさ」
「行きの列車の中ででっち上げる!」
「有効期限過ぎてると手続き面倒だよ」
「うげえ、まじかよ……」
さらりと言われたの一言にエドワードは顔を顰めた。はそんなエドワードを見て笑い、そして追い払うように手を振った。
「ほら、急いだ急いだ! 遅くなればなるほど面倒になるんだから!」
「そうだよ! ほら兄さん! 発車時刻まであんまり時間ないよ」
「げっ」
エドワードが時計を確認すると、発車時間まで十分程しかなかった。駅まで走ってギリギリ間に合う時間だ。トランクを持ちバタバタとドアまで走って行く。
「気をつけて行っといで」
「はい! 二、三日で帰ってこれると思います」
途中でイズミにそう言い、そしてドアを開けて振り返る。
「んじゃ、行ってきます!」
時間も無いのに律儀に挨拶すると、エドワードは叫びながら駅まで猛ダッシュして行った。その姿を呆れて見る者二名、いつものことだと手を振る者一名。
「相変わらず、騒がしいったら」
呆れながらが言うと、まったくだとイズミもため息をついた。
「あいつはいつも、あんなにせわしないのか」
イズミが言った瞬間、アルフォンスがピーンと人差し指を立てた。
「そうなんです! あんな兄だから、やっぱり誰かついて行った方がいいですよねっ! じゃっ!! ボクも行ってきます、師匠!!」
しゅっと右手を上げて走り出そうとするアルフォンスの頭の毛をイズミはがっしりと掴んだ。
「逃げんな。お前は残って私と組手」
イズミはにっこりと笑ってそう言った。
「あっはっは。頑張れアル」
「そんな一歩引いたところから励まされてもー!!」
既に離れた場所に移動していたがアルフォンスに笑顔で手を振った。味方はおらず、涙するしかないアルフォンスであった。