21.再会
南部にある街、ダブリス。
その街の市場を、大きな鎧が歩いていた。
「ええと、買う物はこれで全部だよね」
片手に買う物を書いたメモ、もう片手には大きな紙袋を持っている。
アルフォンスは今、エドワードと共にダブリスにいる師匠のものを訪れていた。
「でも、今日来るお客さんどんな人なんだろう」
アルフォンスはそう独り言を言った。
アルフォンスは師匠であるイズミに買い出しを頼まれていた。なんでも、今日イズミの家に客人が来るらしい。昨日電話が来て、翌日の今日には訪ねに来るという。イズミが電話相手に怒鳴りつけていた光景を思い出す。
そんな事を考えながら歩いていると、前方に人だかりができていることに気が付いた。中心から怒鳴り声が聞こえる。何事だろうかとアルフォンスは近づいてみることにした。
「あれ?」
人だかりの中に青い髪を見た気がした。アルフォンスが首を傾げる。そんな色の髪を持った人物に心当たりは一人しかない。
「……じゃないよね。がダブリスにいるわけがないし」
きっと気のせいだった。そう呟いて立ち去ろうとした、その時。
「しつこいんだよ、バーカ。ナンパするなら自分の顔見てから言え」
「んだと、コラァ!」
「あーやだやだ、本当のことを言うとすぐキレる。最近の若者は短気でいけないわ」
「わかっ……テメェよりか年上だよ!!」
アルフォンスは肩を落とした。
「……だ」
聞き覚えのある声に、現実逃避することを諦めた。
アルフォンスは人混みをかき分けて、中心へと向かった。
「このアマ……調子に乗りやがってぇ!!」
一人の男が少女――に殴りかかろうとした、その手をアルフォンスが後ろから掴んだ。
「はい、ストップ」
「なっ!? 何だテメェ!?」
「よ、鎧!?」
男たちがアルフォンスを見て一歩退く。だけが不思議そうにアルフォンスを見上げていた。
「あれ、アル? 何でいるの?」
「こっちの台詞だよもう……」
ハァ、とため息をつく。男たちは鎧には敵わないと思ったのか、舌打ちをしていなくなっていった。それに合わせて人だかりもなくなっていく。
「サンキューね。もう、しつこくてさあ。そろそろプッツンいこうかと思ってたんだ」
「その前に止められて良かったよ……」
「どういう意味かしらアルフォンス?」
「いえ、お気になさらず……」
アルフォンスはにっこりと微笑んだの後ろに黒い何かを見た。すっとから目を逸らす。
「ていうか、その怪我どうしたのさ。それじゃ、やりたくても何もできなかっただろ?」
は包帯を巻いた右腕をつった状態で左手にトランクを持っていた。セントラルで会った時には無かった怪我である。
「ああ、これ? ちょっと過激派とやり合ってね」
不満そうに口を尖らせてが言う。軍を良く思わない過激派は未だどこにでもいた。……実際のところは違うわけだが、アルフォンスに真実を話す必要はない。
「過激派って、トレインジャックの時みたいな? もー、気を付けなよ。は一応女の子なんだから」
「一応?」
「は女の子です」
低く問われてアルフォンスは間髪入れずに言い直した。
「それで、なんでアルはダブリスに? 賢者の石の情報あったの?」
が問うと、アルフォンスは首を振った。
「ううん。ここにはボク達の師匠がいるんだ。師匠なら石のことも何か知ってるんじゃないかと思って」
へえ、とは相槌を打つ。
「あんたら師匠いたんだ」
「にはいないの?」
「私は全部独学だから」
「はぁ……独学であんな錬成しちゃうのか。すごいなあ」
自分たちの錬金術の基本はすべて師匠から学んだと言っていいい。独学で学んだことを、実用レベルまで引き上げてくれたのは師匠の教えのおかげである。それと同レベルか、否、国家錬金術師なのだからそれよりも上のレベルの錬金術を独学で習得したのであればため息も出るというものだ。
「はどうしてダブリスに? 視察?」
「いや、休暇貰ったもんだから、知り合いの家にでも遊びに行こうかと」
「へえ。休暇ってそんなに簡単に取れるもんなんだね」
「場合によってはねー」
そう言って、は深い深いため息をついた。そのため息の理由はアルフォンスにはわからず、首を傾げた。
「アルがいるっつーことは、エドも当然いるわけだよね」
「うん。師匠に家にいると思うよ」
アルフォンスの言葉を聞き、は少し考えた。そしてニヤリと口元に笑みを浮かべる。
「やっぱ、再会は面白おかしく演出するべきだよね」
「えっ……ええ……?」
言い切ったに何と返せばいいか思いつかず、アルフォンスは戸惑った。
「というわけで、アル。鎧開けて」
「はっ!?」
アルフォンスは反射的に胸を隠した。
「ただいまー」
鎧をガシャガシャと鳴らしながら、アルフォンスが帰宅した。
「おう、アル。遅かったな」
イズミの店(イズミは夫婦で精肉店を経営している)の前で、エドワードが箒を持って立っていた。店の前を掃除していたようだ。
「うん、まあ、ちょっと色々あってね……ハハ……」
アルフォンスがそう言って、エドワードとは目を合わせずに店の中に入ろうとしたところ、エドワードにがっしりと腕を掴まれた。
「お前、鎧ん中に何隠してる」
「えっ」
ガチャン、とアルフォンスの鎧が鳴る。
「誤魔化せると思ったか? 足音がちげーよ」
エドワードが低い声で言う。何年同じ足音を聞いているというのか。鎧に何かあればすぐにわかる。
「一体何隠して……」
『ニャ~』
「隠して……」
沈黙。
「いや、猫の重さじゃねえだろ!!」
鎧の足音はもっと重いものが入っている音だった。猫一匹なんかではない。アルフォンスが肩を落として盛大にため息をつく。
「えーと……た、助けてー、錬金術師さーん」
アルフォンスがやる気無さげに言った。
「は? お前何言って、」
その時、アルフォンスが突然鎧の胴体を開け放った。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」
「!!?」
鎧の中から出てきたのは、猫ではなかった。
アルフォンスのすぐ近くにいたエドワードは、その出てきたものとは当然至近距離なわけで。そして中から出てきたものは、それを当然予測していたわけで。
鎧の中から満面の笑みでエドワードを見ているのは、他でもない、だった。
「アルの鎧からコンニチハ。はい、コンニチハ! 悩める子羊を救う正義の錬金術師、ちゃんでっす!」
ニコニコと笑顔で左手を振って「ありがとー!」と叫んでいる。
エドワードはぽかんと口を開き目も見開いて硬直していた。すぐに出てくる言葉は脳内には存在しなかった。
「お? 素敵なリアクションいただきましたー! ナイス☆」
エドワードに向かって、はニヤリと笑って左手の親指をぐっと立てる。
「な、に、ってハァ!?」
ぷるぷると震える指を突き付けて、何とか発した言葉がこれである。
「なーにー? エドったら再会の嬉しさのあまり言葉も出ないって感じ?」
「いや、何でがダブリスにいるんだとか何で怪我してんだとかいろいろ言いたいことはあるんだけど、とりあえずまず聞きたいのは何でお前アルの鎧ん中に入ってんだ!?」
「エドとの再会が面白くなるかと思って」
「面白くねーわ!!!」
エドワードは怒りの余り箒で鎧の中のをつつき、「いたっ、ちょっ、いたい、待って」と逃げ場の無いは防ぐことができずにつつかれる一方だ。アルフォンスがため息をつきながらそれを止める。
「兄さん、怪我してるのは本当みたいだから手加減してあげて……」
「あん? そうだよ、それ。お前どこで怪我してきたんだよ」
「過激派とやりあったんだよ、いてて……」
トランクをエドワードに押し付けて、はアルフォンスの中からゆっくりと出てくる。その動きから怪我の程度が軽くは無い事を察知し、エドワードは眉を寄せる。
「お前、この間はオレに対して怪我すんなとか言ってたくせに」
「ぐっ……痛いところ突いてきやがって」
鎧から完全に出てくると、は苦々しげな表情をエドワードへと向ける。
「さて、エドもからかったし、そろそろ行くかな」
「テメエ、会う度人のことからかおうとすんじゃねえよ!」
「だって反応面白いんだもん」
「んだとコラァ!!」
「まぁまぁ兄さん……」
突然、バタン! と音がしてドアが開いた。
「煩い!! あんたたち、一体何やってんだい!! 掃除は!? 買い物は!?」
「せ、」
「師匠……!」
「近所迷惑ッ!!」
「「ごめんなさいッ!!」」
ドアから出てきた女性が怒鳴ると、兄弟は冷や汗を流して慌てて頭を下げた。大きなアルフォンスでさえ、この女性の前では小さく見えた。
「あれ、イズミさん」
「「えっ」」
の言葉に兄弟が驚いて揃って振り向く。
「あれ、」
「「えっ?」」
イズミの言葉に兄弟が驚いて再び揃って振り向く。
「なんでここに? あれ? ていうか、せんせい?」
が女性――イズミを指差しながら首を傾げる。イズミがため息をつく。
「なんでってあんた、ここは私の家だよ」
「え!? マジで!? アッ、でもなんか見覚えがあると思った!」
エドワードが怪訝そうにを見る。
「え? 、師匠と知り合いなのか……?」
「うん。今日遊びに行こうと思って来たところ」
「私が言ってた客ってのもコレ」
「コレ呼ばわり……」
兄弟はイズミを見、を見、そしてお互いを見て、
「「……ええ―――っ!!?」」
叫んだ。
「煩いね、まったく!!」
苛立ったようにイズミは腰に手を当て息を吐いた。も同じように左手を腰に当てる。
「そうだぞー。そこまで驚くことじゃないでしょー。この辺にそんなに錬金術師いるわけじゃあるまいし」
「あんたもだよ! 突然来るなんて言い出して!」
ビシィと指を指されて、は口を尖らせた。
「えー? だって急に休暇やるなんて言われたんですよ」
仕方ないじゃないですかーとは言う。イズミがを睨む。
「その急な休暇ってのは、その怪我が原因かい」
「ご名答! いやあ、さすがだなあイズミさん」
パチンと左の指を鳴らしては睨まれているにも関わらず相変わらずの調子だ。二人には出来ないと兄弟は震えた。イズミはため息をつく。
「私なら深い詮索しないとでも思ったんでしょう。まったく、上手く使われたもんだよ」
「あ、お土産はリクエストのもの買って来ました」
「ならよし」
華麗なる手のひら返しである。イエス・マム、とは左手で敬礼をする。
「エド、奥の掃除してた部屋に案内してやって」
親指で家の中の方をくいと指してイズミが言う。未だトランクを持たされたままだったエドワードはため息をついた。
「ったく。行くぞおら」
「やだ、エドこわーい」
はそんなエドワードの反応すら楽しいと言いそうなテンションで、先を歩くエドワードの後をついていく。その背をイズミとアルフォンスが見送った。
「どうして怪我したか聞いたかい?」
「過激派とやり合ったとかなんとか……」
「本当だかどうだか知らんが、これだから軍人なんてものは……」
イズミが盛大なため息をついた。