は、何も無い草原に……正確には、何も無くなってしまったその場所に、座り込んでいた。
遮る物は何も無く、風が傷に沁みて、身体中が痛かった。
そこには四年前まで、小さな崩れかけの木造の小屋が存在していた。だが、今は何も無い。
四年前、そこにあるものは何もかもが跡形も無く燃えてしまった。
小屋も。
その床に描かれた錬成陣も。
そして、一人の少年の遺体も。
すべてが燃えて無くなった。
ここは、少年の墓だった。
墓石も遺骸も何も無い、「シュウ・ライヤー」という少年の墓だった。
柱の一本も残っていない焼け跡には、少しずつ草花が芽生え始めている。いずれ、この場所も周囲と同じように緑の絨毯の一部となり、ここに昔建物があった跡さえ消えてなくなってしまうだろう。
それでも、自分の記憶から彼が消えることは無いだろうとは思う。
シュウ・ライヤーは四年前、死んだを生き返らせ、そうして命を落としたのだから。
18.生きている人の温かさ
「!」
どのくらい、そこにいたのかはわからない。名前を呼ばれたことで、は意識を引き戻した。背後で車のエンジン音が聞こえることに今頃気がつき、そして駆け寄る足音があることに気がついた。
が振り向くよりも、駆け寄って来た人物がの元へ辿り着く方が早かった。
横に立つのは、青の軍服。見上げると、つい昨日見た顔が、そこにあった。
何故、ここにロイがいるのだろう。頭がぼんやりとして、考えるのすら億劫だった。
「何だその怪我は」
ロイが低い声で問いかける。
「誰にやられた」
「……」
は視線を逸らした。
ロイは膝をつくと、の胸倉を掴んで引き寄せる。そして、無理やり顔を向き合わせた。
「ヒューズの直後に、君の葬式にまで参列させるつもりか!?」
怒りの表情で睨むロイを、はただ見つめ返す事しかできなかった。
つい二日前、親友だった男が死んだ。その葬儀を昨日終えたばかりだ。そして、その夜に今度はが死に掛けた。
至近距離で怒鳴られたことで、ようやく頭が活動を始め、思考が追いついてくる。中央のアームストロングか自分の部下の誰かが、ロイへと連絡したのだろう。自分が怪我をしたことと、病院を抜け出し、汽車でイーストシティ方面へ向かったことを聞き、ここにいるであろうことを予想してやってきたのだと気がついた。
この場所を知っているのは自分以外では、ロイとヒューズ、そしてホークアイとハボックの四人だけだ。
「……ごめん」
目を伏せ、小さく呟く。
「ごめんなさい」
二日続けて親しい人間が死んだとなれば、ロイがどう思うかなんて考えるまでもなくわかることだった。ロイに限らず、どんな人間だってそうだろう。
自分も、戦いを売ったのは軽率だったと思っている。ヒューズが殺された事で、冷静な思考が出来ていなかったのだと、今ならば言える。
だから、ロイに怒鳴られても、自分は謝罪することしかできない。
死に掛けた事も、病院を抜け出してここに来たことも、全部自分が悪いのだから。
「……」
ロイはの胸倉を掴んでいた手を離した。
「まったく……」
言葉と共に深く吐き出された息は呆れから来るものなのか、安堵から来るものなのかはわからない。ロイはの傷に障らないよう、けれどその体をしっかりと抱き締めた。風に吹かれて冷えていた身体が、じんわりと温まっていく。
昨日、ヒューズの墓の前で、隣にロイが並んだ時の感覚を思い出した。
「生きてて良かった……」
抱き締められたことで、身体が痛んだ。けれど、耳元で聞こえるその声が僅かに震えていることに気がつき、目を閉じることで堪える。
「……ごめん、ロイ」
は動く左腕をゆっくりとその背に回し、ただ謝ることしかできなかった。
その光景を車から降りて静かに見ていたハボックは、煙草の煙をふっと吐き出した。
四年前とは違う晴れた空に、煙がふわりと昇ってゆく。
東方司令部に帰って来るまで、はほとんど言葉を発しなかった。車の後部座席で静かにしており、ロイやハボックの問いかけに短く返事をするだけだったが、の様子を見て二人も話しかけない方が良いと判断して、途中から車内はすっかり無言の空間となっていまった。
はロイの手を借りて東方司令部の仮眠室まで移動し、ベッドへと入った。抜け出すなよ、とロイに釘を刺された時、は初めて少しだけ笑みを浮かべ、ひらひらと手を振った。
『そうですか。は無事見つかりましたか』
中央司令部のアームストロングに連絡すると、彼は安心したように息を吐いた。アームストロングの後ろの方から数名の声が聞こえ、ロイは思わず笑みを浮かべた。彼女を心配している人間は、自分達だけではないのだ。
「このまま、しばらくこちらで静養させようと思う。グラクシー少尉とハインド准尉に、の業務調整をするよう伝えておいて貰えるか」
『はい、わかりました』
よろしくお願いします、との声と共に通話は終わる。
ふう、とロイは息を吐いて受話器を置いた。の迎えも終わり、今彼女は司令部内にいる。やっと一安心できた。疲れたように椅子に深く座り込むロイを見て、ハボックが笑った。
ハボックは新しく出した煙草に火をつけ、煙を吐き出す。
「、だいぶ参ってましたね」
ライターをポケットにしまいながら、ハボックが言う。
「ああ」
ロイは否定しなかった。
「恐らく、怪我の事以外にも何かあったのだろう。ヒューズの死から立て続けに色々起こったからこそ、あの場所にいたんだからな」
それが何なのかは、彼女からは聞けていないし、予測するには情報が少なすぎる。
まさか今回のヒューズの死とが襲われた件に、四年前に死んだシュウが関わっているとは思わないが、違うとすれば何故があの場にいたのかという疑問も浮かぶ。ただ、彼女の精神が不安定になる程の何かが起こったのは確かだと言えた。死んだ親友を頼りたくて、きっと彼女はあの場にいたのだろうから。
「犯人の事、聞けそうっすか?」
ハボックが問うと、ロイはため息をついた。
「本当は会ったらすぐに聞き出そうと思っていたんだがな。……今は無理だろう」
迎えに行った時のは、正常な思考すら出来ていないように見えた。ただ呆然とあの場所に座り込んでおり、自分が隣に立ってもちゃんと視界に捉えられているのか不安に感じるほどだった。
ただ怪我をしているだけだと思っていたが、それ以上に問題なのは彼女の精神面の方だ。そんな状態で、事件当時の事を聞くことなど自分には出来ない。聞いても、彼女は答えないだろう。
「病院に連れて行かなくて大丈夫ですか?」
ホークアイが問う。の怪我の程度が想像以上に酷かった事に驚いたのはつい先程。決して退院できるような状態ではないのは、一目瞭然だった。
ロイは首を振った。
「病院が嫌いなんだよ、あの子は。入院させてもまた脱走するくらいなら、司令部で静養させていた方がまだマシだ」
ここなら自分達もいるから、護衛をつける必要もない。司令部にはいても、仕事させなければ十分に静養はできる。定期的に病院に引きずって行って、治療さえ受けさせれば良いのだ。
ロイのその言葉を聞いて、ハボックは苦笑して肩を竦めた。
「大人ぶってても、まだまだガキっすね」
「子供だよ」
ロイも笑う。
「あの子はまだ子供なのに、大人と対等の道を歩む事を選んでしまったんだ」
そう言って、ロイは目を閉じる。
幼い頃のようなの子供らしい笑みを、もう四年は見ていないのだと思い、静かに息を吐いた。