13.つくられたココロ





 エリシアの誕生日の翌朝。、ヒューズ、ウィンリィの三人は、再びエドワードの入院している病院を訪ねていた。
 病室の前にいるロスとブロッシュが三人に気が付き、揃って敬礼した。

「やっほー。お疲れさん」
「おはようございます」

 が片手をあげて軽い調子で挨拶をし、ウィンリィもそれに続いた。

「おはようございます。お三方」

 ロスが笑顔で返した。

「でー……少尉よ」
「はい?」

 がスススとロスに近付いた。
 そして、少し声を小さくして問い掛ける。

「どう? その後の兄弟は。仲直りしたっぽい?」
「いえ……相変わらずといいますか……」
「そっか……」

 が顎に手を当てて、うーん……と唸った。昨日のアルフォンスの反応を見る限りだと、エドワードと話をしようという気はあったようだが、まだ進展は見られないようだ。

「やっぱり、兄弟喧嘩ですかね……」

 ブロッシュが近付いて来て言った。

「でも、エドワードくんはわからないみたいでしょ?」
「そうなんですよねえ……」

 ロスの言葉に、ブロッシュが腕を組んで唸った。
 兄弟に関することではあれど、兄弟喧嘩ではないのだろうとは思っている。
 それが一体どんなものなのかはわからないが……――


「ボクは好きでこんな身体になったんじゃない!!」


 突然、そんな声が病室から飛んで来た。
 アルフォンスが叫んだのは、ウィンリィが病室のドアを開けるのと同時だった。廊下にいた達の耳にも、しっかりとその声は届いていた。
 椅子が倒れ、転がる音が残る。

「あ……悪かったよ」

 エドワードが申し訳無さそうに謝罪する。
 何が発端だったのかは、今やってきた達にはわからない。だが、エドワードの何かの言葉に対して、アルフォンスは怒鳴ったらしいということは理解できた。

「……そうだよな。こうなったのもオレのせいだもんな……。だから、一日でも早くアルを元に戻してやりたいよ」
「本当に元の身体に戻れるって保証は?」

 鋭い声で、アルフォンスは問いかける。

「絶対に戻してやるから。オレを信じろよ!」
「『信じろ』って!」

 エドワードの言葉を遮る勢いで、アルフォンスは叫ぶ。

「この空っぽの身体で、何を信じろって言うんだ……!」

 アルフォンスの声が、鎧の空洞に響いた。

「錬金術において、人間は肉体と精神と霊魂の三つから成ると言うけど! それを実験で証明した人がいたかい!?」

 ヒューズがちらりとの方を見た。
 はただ真っ直ぐに兄弟を見つめている。

「『記憶』だって突き詰めれば、ただの『情報』でしかない……人工的に構築することも可能なはずだ」
「おまえ、何言って……」

 戸惑いながら、エドワードは問いかける。
 アルフォンスのその言葉から、彼が何を言わんとしているのか理解できないほど馬鹿ではない。だからこそ、何を言っているのかがわからない。

「……兄さん、前にボクには怖くて言えない事があるって言ってたよね。それはもしかして、ボクの魂も記憶も、本当は全部でっちあげた偽物だったって事じゃないのかい?」

 今までずっと溜め込んできたものをすべて吐き出すように。堰を切ったように、アルフォンスの言葉は止まらない。

「ねぇ兄さん。アルフォンス・エルリックという人間が、本当に存在したって証明はどうやって!? そうだよ……ウィンリィもばっちゃんも、皆でボクをだましてるって事もあり得るじゃないか!! どうなんだよ、兄さん!!」

 ガンッ!
 エドワードが、朝食の載ったテーブルを両拳で殴った。弾き飛ばされたフォークが、床にカシャンと落ちる。

「ずっと、それを溜め込んでたのか?」

 両手を握り、俯いたまま問いかける。

「言いたい事はそれで全部か」

 ゆっくりとアルフォンスが頷いた。

「そうか」

 否定も肯定もしない。ただ、納得するだけ。
 エドワードは悲しそうな表情で一瞬だけ笑うと、立ち上がって病室を出て行った。

「エドっ……!」

 ウィンリィは病室の入り口で声をかけたが、立ち去るエドワードの背を追うことはしなかった。
 気まずい沈黙が流れる。

「……カ……」

 ウィンリィが肩を震わせていた。
 そして、ウィンリィはどこからともなくスパナを取り出し、

「バカ―――――っっ!!」

 力の限りアルフォンスを殴った。

「いっ……いきなりなんだよ!!」

 殴られた衝撃で思わず倒れたアルフォンスの鎧に、殴られた衝撃音が小さく反響を残す。
 文句を続けようとしたが、アルフォンスの言葉は続かなかった。
 ウィンリィが、ぼろぼろと涙を流していたからだ。

「ウッ……ウィンリ……」
「アルのバカちん!!」

 ウィンリィがゴンッともう一度スパナでアルフォンスを殴った。避けも抵抗もしなかったアルフォンスは、素直に二撃目を脳天に受ける。

「エドの気持ちも知らないで!! エドが怖くて言えなかった事ってのはね……アルがエドを恨んでるんじゃないかって事よ!!」

 ウィンリィは座り込むと、苦しそうに言った。
 アルフォンスが身体を失ったのは自分のせいだ。食べる事も、眠ることも、痛みを感じることもない身体にしてしまった。その責任はすべて自分にある。だからきっと、弟は自分を恨んでいるだろう。けれどエドワードは、ずっと怖くてアルフォンスに訊くことができなかった。

「機械鎧手術の痛みと熱にうなされながら、あいつ毎晩泣いてたんだよ。それを……それなのに、あんたはっ……」

 何度も何度も、アルフォンスの鎧の身体を殴り続ける。

「自分の命を捨てる覚悟で、偽者の弟を作るバカがどこの世界にいるってのよ!!」

 涙を拭いながら、ウィンリィが言った。

「あんた達、たった二人の兄弟じゃないの」

 また沈黙が訪れた。
 黙って見ていたが、静かに病室へと入っていく。

「……

 アルフォンスがに気が付いた。
 は両手をポケットに入れ、アルフォンスを見下ろして呆れたようにため息をついた。

「……とんだバカ者だね、あんたは」

 アルフォンスが俯いた。

「どうでもいい人間の魂なんて、練成するわけないでしょ。アルの魂を練成したのは、エドがアルのことを、命を懸けても取り戻したいと思うほど大切な存在だったからじゃない」

 ねえ、ウィンリィ? とは笑みを浮かべて話を振る。
 ウィンリィは何度も頷き、涙を拭うと、廊下をスッと指さした。

「……追っかけなさい!」
「ウィンリィ……」

 有無を言わせないその言い方には微笑むと、アルフォンスを見た。

「エドは待ってるよ」
「あ……うん」

 立ち上がったアルフォンスが、ゆっくりと病室を出た。
 ウィンリィは突然立ち上がると、病室から体を半分だして片手を振り上げた。

「駆け足!!」
「はいっ!!」

 元気よく返事をしたアルフォンスは、鎧の体をガシャガシャと鳴らしながら廊下を走っていった。
 その様子を見送りながら、ウィンリィはぐすっと鼻水をすすり、目元を拭った。

「ウィンリィも行っといで。気になるんでしょ?」
「はい……」

 はウィンリィの頭を撫でて促した。ウィンリィはアルフォンスが向かった方向に、ゆっくりと歩き出す。

「さて、俺も様子見てくるか。お前は?」
「ん? いいや。二人で行っといで」

 が答えると、そうか、とヒューズは頷いた。
 しかし、ヒューズは一向に歩き出さない。が何事かと見上げると、ヒューズが視線に気付いてに目を向けた。

「お前さ。さっきのって……」

 は「ああ」と言うと、ヒューズから目を逸らした。

「私が思った事言っただけ」

 そして、肩を竦めて微笑んだ。

「自意識過剰かもしれないけどね」

 そう言って笑うの横顔は、昔を懐かしむようで。それでいてやはり寂しそうで。

「いや。間違っちゃいないだろうよ」

 そう言って、ヒューズがの頭に手を置いた。はくすぐったそうに笑った。

 ウィンリィの後を追ってヒューズが歩いていく。
 残されたのは、そしてロスとブロッシュだ。
 アルフォンスの身体のことを知らないロスとブロッシュには、彼らが一体何の話をしていたのか理解できていないだろう。わからないといった表情を向けられるが、も話す気は無いため気が付かなかったことにする。

 アルフォンスが、第五研究所から帰って来てからずっと悩んでいたことは、自分という存在が作り物なのではないかという事。確かに、エドワードに関連する悩みであった。彼の魂を錬成したのは兄であるエドワードなのだから。第五研究所に行くことで起こった悩み……一体、あの場所で何があったというのだろう。
 アームストロングは教えてくれなかった。そのうち自分で調べよう。そう思いながら、はぐっと伸びをし、眠そうに大きな欠伸をした。それと同時に何気なく後ろを振り返る。

 その時、丁度視界に入った時計の針は九時三十分を過ぎたところだった。




「あれ? は?」

 エドワード達が病室に帰ってくると、そこにはロスとブロッシュの二人しかいなかった。の姿は何処にもない。

「汽車の時間を忘れていたそうで……猛スピードで走って帰られました」

 ロスがエドワードの質問に答える。

「すごいスピードでしたよね……」
「ええ……」

 二人が多少青褪めた顔を見合わせながら頷きあう。

「そういや、午後までに元いたところに帰るって言ってたっけか」

 そういえば、とエドワードが言う。どこの司令部からやってきたのかわからないが、この時間から汽車に乗らなければならないというなら、そう近くは無い司令部からやってきたのだろう。わざわざエリシアの誕生日のために、だ。

「ったく……またぶっ倒れなきゃいいけどな……」

 頭を掻きながら、ヒューズは呆れたようにため息をついた。
 スカーとの戦いで倒れてから、また半月程しか経っていない。さすがに何度も同じ事を繰り返す程馬鹿ではないとは思うが、相手がだけに心配は残る。

「あの時の……古傷ってあいつ言ってたけど、あそこまで酷い古傷って一体何なんだよ」

 エドワードがヒューズに問いかける。
 ああ、と頷き、ヒューズは少し考える間をあけ、答えた。

「昔、腹にかなりの大怪我負ったことがあってな」

 エドワードが眉を寄せる。
 腹に怪我を負った。だから、あの時腹を抑えていたのかと納得をする。だが、そこまで酷い怪我を負うような状況とは、一体どんな事件だったというのか。ヒューズが詳細に話さなかったあたり、大っぴらに話せるような事件ではなかったのだろうとエドワードは推測する。

「10歳から軍にいるって言ってたもんね……やっぱり、怪我することも多いんだろうな」
「そうだなあ」

 アルフォンスの言葉に、ヒューズはうんうんと同意して頷く。

「俺としては、さっさといい男見つけて、幸せに暮らして貰えりゃ嬉しいんだけどなあ」
「あいつ、そういうの興味無さそうだよな」
「やっぱりわかるか? そうなんだよ……いくら言ったって聞きゃしねえ。結婚はいいぞ。いい相手見つけて、子供作って、俺は世界一幸せ者だ!
ただのノロケかよ!

 の話からすっかり家族自慢にすり替わってしまい、エドワードが鋭くツッコミを入れた。