8.生きること






「危ないところだったな」
「大佐!」

 銃を片手に現れたロイに、エドワードはナイスタイミングだと言わんばかりに声をあげた。
 ロイの後ろに控えるホークアイとハボックは、それぞれ拳銃とライフルをスカーへと向けている。
 続々と軍の車が駆けつけ、大通りを兵が包囲しつつある。

「……ロ、イ……」

 苦しそうな表情のまま、がロイへと目を向ける。
 そのの様子を見てロイは眉を寄せた。

! 無事か!?」

 ロイが声をかけるよりも先に、ハボックが焦ったように問いかける。はゆっくりと頷いた。
 本当に危機一髪だった……ロイは内心で安堵の息を吐く。
 が苦しむその理由は、わかっていた。

「大佐! こいつは……」
「その男は一連の国家錬金術師殺しの容疑者……だったが、この状況を見て確実になったな」

 状況がまだ把握出来ないエドワードがロイを呼ぶ。
 ロイは頷き、構えていた銃を降ろしてスカーを睨んだ。

「タッカー邸の殺害事件も貴様の犯行だな?」

 疑問系だが、それは既に確信している口調。
 ハッとしたエドワードが、スカーを睨みつける。

「……錬金術師とは、元来あるべき姿の物を異形の物へと変成する者……。それすなわち、万物の創造主たる神への冒涜」

 スカーが静かに語りだす。ロイの言葉を否定はしない。
 そして、右手を強く握った。

「我は神の代行者として、裁きをくだす者なり!」

 世の中には錬金術師も数多く存在している。だが、スカーはその中でも国家資格を持つものだけを狙っている。一体何を目的としているというのか。
 ロイが尋ねても、スカーは答えようとはしなかった。

 その様子を見ていたエドワードは、ハッと思い出したようにの元へと走っていった。
 スカーは既にから離れ、ロイや他の軍人達の相手をしている。

! 大丈夫か?」

 突然呼ばれて、俯いていたは驚いた表情で顔を上げた。
 そして、心配そうな表情のエドワードが駆け寄ってくるのを見て、笑顔をつくって手をヒラヒラと振る。

「大丈夫大丈夫。だいぶ治まったから……」

 目の前に来たエドワードは、と視線を合わせるために膝をついて屈んだ。

「どうしたんだよ、急に……」
「いや……まぁ……ちょっと古傷が痛んだだけ」

 心配無いよ、とは笑う。だが、まだ本調子では無さそうだった。
 僅かに言いよどんだその言葉に、エドワードは怪訝そうに眉を寄せる。

「それよか、ちょっと肩貸してくれない? 力入んなくて……立てないんだ」
「ああ。いいぜ」

 ほら、と更に体を低くするエドワード。
 は左手で腹部を抑えたまま、右手をエドワードの首に回した。
 エドワードが体を起こすとほぼ同時に、がぐっと力を入れて立ち上がる。

「っ!」
「おい!?」

 ズキンと駆ける痛みに、思わず声が漏れる。
 心配そうなエドワードの声が耳元で聞こえた。

「…………大丈夫」
「ホントに大丈夫か? あっち行くまで、肩貸してやるよ」
「ありがと……」

 とは言ったものの、エドワードも右腕が無くてバランスがとりにくい。あまり体重をかけないようにしながら、エドワードの首に腕を回したまま軍の車の方へ歩いていった。

 そこで、突然大きな破壊音が轟いた。

 ビクッとエドワードの肩が震えるのを感じ、何の音か想像出来てしまったは嫌そうに眉を寄せた。
 音の出所はスカーのいる方。二人はそちらに目を向けた。
 スカーの背後の壁には大きく穴が空いている。破壊音は壁の崩れる音だったようだ。瓦礫の間を縫って、砂煙が舞う。

「ふぅーむ。我輩の一撃をかわすとは。やりおるやりおる」

 その砂煙の中。巨体の男が、今まさにその穴から手を抜くところだった。
 男は先程タッカー邸に居た人物、アームストロング。その手には、練成陣の描かれた手甲をはめていた。

「国家に仇なす不届き者よ。この場の全員滅ぼす……と言ったな。笑止!! ならばまず!! この我輩を倒してみせよ!! この“豪腕の錬金術師”……アレックス・ルイ・アームスロングをな!!

 拳を握り、アームストロングは高々と叫んだ。
 周囲の兵達は、その様子をぽかんと口を開け広げて見るしかない。それは、エドワードやとて例外では無かった。

……なに? あの人?
「中央勤務の少佐……破壊する事に生きがいを感じてるんじゃないかな……多分

 表情を引きつらせるエドワードに、は乾いた笑みで答えた。
 アームストロングの錬金術は、練成陣の描かれた手甲で物を殴る事によって分解、再練成を行うものである。よって、攻撃する度に地面なり壁なりを殴って破壊するわけで……。

「少佐! あんまり市街を破壊せんでください!!」

 豪快な破壊音と共に次々に壊れていく街の様子に、ついにハボックが叫んだ。

「何を言う!! 壊して創る!! これすなわち、大宇宙の法則なり!!」

 上着をバッと脱ぎ捨てて叫ぶアームストロングに悪意なんてものは全く無く、自身の美学を全うしているだけだと言わんばかりに半裸姿で華麗にポーズを決めた。開き直りでは無く、本心からそう思っているのだからどうしようもない。
 脱ぐ必要性を全く感じられないのだが、からしてみれば一言で片付いてしまう事だった。そういう人だから仕方が無い、という一言で。
 彼の隆々とした肉体と見て、発言を聞き、エドワードは「あー……」と納得したような理解出来ないような、なんとも曖昧な声を発した。彼を理解するという意味では、説明を受けるよりも説得力があったのは確かだった。

 一番近くにあった車の付近まで肩を借りて、はエドワードに礼を言って腕を放した。
 腹部の不快感はだんだんと収まってきていた。車に背を預け、深く息を吐き出して再びスカーへと目を向ける。

 低い銃声が二発響いた。ホークアイの撃ったライフルの音だ。
 同時にスカーがよろめき、隙を見て拘束すべく兵達は構えた。

「やったか!?」
「速いですね。一発かすっただけです」

 ロイの言葉に、ホークアイは冷静に返した。
 かすった弾によってスカーの額からは血が流れ、サングラスは衝撃で弾き飛んでいた。
 スカーがこちらに鋭い瞳を向ける。

 その瞳の色は、赤。

「赤い瞳っ……!」

 ハッとしてが呟いた。
 驚いたのはだけでは無く、ロイとアームストロングも思わず息を飲んだ。
 同時に理解する。彼が何故国家錬金術師ばかりを狙うのか。

 褐色の肌に赤い目……――それは、東部の一部族であるイシュヴァールの民のみが持つ、身体的特徴であった。

 スカーは赤い瞳で周囲を睨みつけ、包囲する人数の多さに眉を寄せた。

「……やはりこの人数では分が悪い」

 そう一言告げると、誰もが動くよりも先に自身の右手を地面へと当てた。
 その右手で地面を大きく分解すると、彼は地下水道へと逃げていった。
 彼の強さは僅かな間で身を持って知った彼らである。その後を追いかける事はしなかった。

「イシュヴァールの民……か」

 そう呟きながら、緊張の糸が切れたようには車を背にしたまましゃがみ込む。
 イシュヴァールの民。彼の出現は、もう何年も昔の光景を思い出させた。

 鳴り止まない銃声。破壊音。悲鳴。
 硝煙の匂いと血の匂い。
 何度、夢に魘されただろうか。目を閉じれば、今でもその光景を鮮明に思い出す事が出来るのだ。
 あれからもう、六年も経ったというのに。

「おまえなぁ、援護とかしろよ!」

 ロイの非難する声が聞こえ、何事かと目を向けた。
 思ったよりも近くに居たロイの目の前にいるのは、しれっとした表情のヒューズだ。

「うるせぇ!! 俺みたいな一般人を、おまえらデタラメ人間の万国ビックリショーに巻き込むんじゃねぇ!!」
「デタ……」

 フンとふんぞり返って言うヒューズに、ロイは額に青筋を浮かべた。
 先程までヒューズの姿は見えなかったはずだが、どうやら巻き込まれないように物陰に隠れていたようだ。ロイの言葉はそれに対する文句だろう。
 錬金術師同士の戦いなのだから無理は無い。無理は無いのだが、一般人がヒューズのような錬金術の使えない人だとすると、デタラメ人間イコール錬金術師という事になってしまうのではないだろうか。

「その言い方だと、私もデタラメ人間に含まれるように聞こえるんだけど?」
「当たり前だろ」

 あっさりと肯定され、はロイ同様額に青筋を浮かべた。

「私のどこがデタラメだ」
俺はむしろ、お前が自分を一般人だと思ってる事に驚きなんだが
何だとこの野郎
「オラ! 戦い終わったら終わったで、やる事沢山あるだろ! 市内緊急配備。人相書き回せよ!」

 背中に殺気をビンビンと感じながら、ヒューズは顔を背けて周囲の兵達に指示を飛ばした。まるで自分は何も言ってませんと言わんばかりの白々しさである。
 長い付き合いで、そんな一言多いが全く悪気が無いようなヒューズの性格も知り尽くしている。は小さくため息をついた。文句なんてどうせ流されるのだから、無駄なのだ。

「アルフォンス!」

 エドワードの声が響いて、意識をそちらに向ける。

「アル! 大丈夫か、おい!」

 鎧の腹部と右足を大きく破壊されたアルフォンスは、壁を背にしてようやく上体を起こしている状態だった。そこにエドワードが駆けて行く。

「……この……バカ兄!!」

 ゴン! という威勢の良い音と共に、アルフォンスがエドワードを殴り飛ばす。
 心配して駆け寄ったのに、突然殴られたエドワードは頬を押さえて目を丸くした。

「なんでボクが逃げろって言った時に逃げなかったんだよ!!」
「だからアルを置いて逃げる訳には……」
「それがバカだって言うんだーっ!!」

 二発目のアルフォンスのパンチは、小柄なエドワードを派手に吹き飛ばした。

「なんでだよ! オレだけ逃げたら、おまえ殺されたかもしれないじゃんか!!」

 さすがに何度も殴られて黙っているエドワードではない。勢い良く起き上がって、アルフォンスに怒鳴り返す。

「殺されなかったかもしれないだろ!! 生き延びる可能性があるのに、あえて死ぬ方を選ぶなんてバカのする事だ!!」
「あ……兄貴にむかってあんまりバカバカ言うなーっ!!」
「何度でも言ってやるさ!!」

 アルフォンスは右手でエドワードの胸倉を掴み、強引に引き寄せた。

「生きて生きて生きのびて、もっと錬金術を研究すれば、ボク達が元の体に戻る方法も……ニーナみたいな不幸な娘を救う方法も見つかるかもしれないのに!! それなのにその可能性を投げ捨てて、死ぬ方を選ぶなんて、そんなマネは絶対に許さない!!」

 が来る前のことだろう。恐らくエドワードは、自分の命と引き換えに、弟には手は出さないようにとスカーに言った。二人とも戦うことが出来ない状況で、国家錬金術師という自分だけが狙われている状況に置いて、弟の命だけでも救おうと彼は考えたのだろう。
 だが、それをバカだと弟は怒鳴る。
 生き残ることができる可能性があるのに、生きることを放棄して死ぬ方を選ぶなんて馬鹿げていると。
 ガシャン。

「あ」

 そんな音と共に、エドワードの胸倉を掴んでいたアルフォンスの右腕が肩から落ちた。

「ああっ、右手もげちゃったじゃないか! 兄さんのバカたれ!」

 胸倉を掴んだままのアルフォンスの右腕を胸元から離し、ぼろぼろになったアルフォンスと自身の右腕を見てエドワードは苦笑する。

「ボロボロだな、オレ達。カッコ悪いったらありゃしねぇ」

 うん、とアルフォンスは頷く。

「でも、生きてる」

 エドワードも頷いた。

「うん……生きてる」

 ホークアイがエドワードの肩に、自身の軍服を脱いでかけてやる。ハボックがアルフォンスに肩を貸して歩き始めた。
 その様子を見て、もふっと息を吐いた。

「……それにしても。さすがはグラン将軍が殺されるだけある手強さ、って事か。お前がそこまで梃子摺るとはな」

 兄弟からしゃがみ込んでいるに目を向け、ヒューズはため息をついた。
 今はほとんど痛みは無いものの、は未だ不快感の残る腹を抱えていた。その痛みは、何の前触れもなく突然訪れた。

「面倒な相手だった事は確かだけど、戦ってる時間は大して長くなかったよ。まぁ……タッカー邸からここまで全力疾走したのもあったしね」
「自分の体の事くらい、把握しとけっつーの」
「最近ここまで梃子摺る相手もいなかったから、感覚忘れてて……そんな事考えてる暇もなかったし」
「ったく……まぁ、何事も無くてよかったけどよ」

 ばつが悪そうに目を逸らせるに、ヒューズは腰に手を当ててため息をついた。


「ロイ」

 一通り指示をし終わったロイがの所へやってきた。

「体は?」
「ん。もう大丈夫」
「そうか。とりあえず……無事で何よりだ」
「ご心配おかけしました……」

 が二人を見上げて、苦笑しながら敬礼する。
 ロイとヒューズの二人は「全くだ」とため息をついた。

「それにしても、あの古傷……まだ痛むのか」
「もう四年も経つのにな……」
「まぁ。これ以上治り様が無いしね」

 大して気にしたふうでもないだが、まるで自身の事のように大人二人は深刻そうに眉を寄せる。そんな二人を見ては苦笑する。別に二人が考え込む事では無いというのに。

「でも……今日ので思い出したな」

 唐突に切り出したに、二人は視線を向けた。

「……私はいろんな人に支えられて……助けられて、護られてる……って」

 こちらを見ている二人とは目を合わせない。
 右手を胸まで持っていって、軍服をぎゅっと握った。

 強くなったつもりだった。
 それでも、ロイ達が来なければ自分は殺されていた。
 その後にエドワードが殺され、アルフォンスが殺されていただろう。

「全然駄目だよ……弱すぎる。強くならなきゃ……生きなきゃいけないのに……」
……」

 ヒューズが呟いた。
 ロイは無言での隣にしゃがみ込むと、その頭にそっと手を置いた。

「一人で抱え込むな」
「……」
「そうそう。人間ってのは誰かに支えられて、助けられながら生きてくもんだろうが」

 の正面にしゃがみ込んだヒューズが、同意を求めるようにロイに目を向ける。
 それに首肯を返し、ロイはもう一度に優しい笑みを浮かべた。

「いくら強い人間でも、一人で生きている者などいない。少しは頼れ。泣いたって、弱音吐いたって構わないんだから」


―― 人間ってさ……誰かを支えて……そして支えられて……そうやって生きていくもんじゃないのかなあ
―― ……13年しか生きてないガキが『人間』を語るなんて……随分、色々と悟っていらっしゃるようで
―― そういう嫌味しか言えないのか、あんたは
―― でも、ま……否定はしないけどな



「……そうだね……」

 力なく笑う。

 そんな事、わかっていた。
 一人で生きてる人間なんていないよ、と。
 少しくらい頼ったっていいんだよ、と。
 そう、言えたのに。

「どんなにカッコ悪く足掻いたって……生きなきゃいけないんだよな……」

 いつからだろう。

 一人で生きる事に、義務感を感じるようになってしまったのは。