6.国家錬金術師殺しの男
事件の翌日。天気は相変わらずの雨だった。
「おいおい。マスタング大佐さんよ」
タッカーの家の一室で、ため息混じりの声がロイに向けられる。
「俺ぁ、生きてるタッカー氏を引き取りに来たんだが……死体連れて帰って裁判にかけろってのか?」
マース・ヒューズ中佐が、眼鏡を上げながら言った。
ヒューズの隣に立っているのはアレックス・ルイ・アームストロング少佐だ。昨日の合成獣の事件で、二人は中央司令部から遥々やってきたのだった。
ヒューズの目の前にはシートが被された二つの死体。
一つはショウ・タッカー。そして、もう一つはニーナだった。
タッカーはセントラルで裁判にかけられる予定だった。だが、二人は昨夜何者かによって殺されてしまったのだ。
見張りをしていた憲兵をも殺した、何者かに。
「たくよー、俺たちゃ検死するためにわざわざ中央から出向いて来たんじゃねぇっつーの」
タッカーを引き取りに来たのが無駄足になり、ヒューズはぶつぶつと文句を零す。
ロイは額に手を当ててため息をついた。
「こっちの落ち度はわかってるよ、ヒューズ中佐。とにかく見てくれ」
「ふん……自分の娘を実験に使うような奴だ。神罰がくだったんだろうよ」
ヒューズは軍内部では、親馬鹿としてとても有名である。そんなヒューズがこの事件をよく思うはずがない。
多少軽蔑するような目で、死体に被せてあるシートを持ち上げた。そして、顔を顰める。
「うええ……案の定だ」
血溜まりの中にある二つの死体は、どちらも内側から圧力をかけられ破壊されたようだった。たださえ死体検分は気分が悪い。無残な死体など、尚更見たくないのだ。
死体の様子を確認すると、ヒューズはすぐにシートを元に戻す。
「外の憲兵も同じ死に方を?」
「ああ、そうだ。まるで、内側から破壊されたようにバラバラだよ」
ヒューズが血で汚れた手を拭いていると、「失礼します」と一人の兵が入ってきた。
そして、ロイに向かって敬礼をする。
「マスタング大佐。将軍がお見えになりました」
「通せ」
兵は返事をして、再び廊下へと消えていく。
少しすると、
「ふあぁ……」
大きな欠伸をしながらが部屋に入ってきた。両手をポケットにつっこみ、ダルそうに歩いている。
周りに居た者たちが、姿勢を正して敬礼をする。
「「おはようございます、将軍」」
「はよ」
眠そうに、周りの者たちにヒラヒラと手を振る。
そんなを見て、ロイは笑う。
「現場に大欠伸で入ってくる将軍というのは、前代未聞だろうな」
「人の事言えないでしょーが」
仕事中居眠りしてるのは何処の誰? と、もハッと馬鹿にしたような笑みを返す。ぐっ、とロイは言葉に詰まった。
そんな様子を見て、ヒューズとアームストロングが苦笑する。いつだってこの二人はこんな調子だ。
「二人ともお疲れさん」
片手を上げては眠そうな表情で挨拶した。そんなにヒューズは思わず苦笑する。
「おう。眠そうだな、」
「眠いよ、そりゃ。昨日は、裁判するからって書類作ってたっていうのに。朝起きたらコレだもん」
そして、また大きな欠伸をした。
昨夜はタッカーの事件の裁判用書類を作っていた。今回の事件に加え、二年前の資格取得時の件も含め、改めて当時の資料を見ながら詳細にまとめていた。おかげではほとんど寝ていない。
「で? 遺体は?」
「あー、見ない方がいい。普通の殺人よか、たちの悪い殺し方だ」
ヒューズが親指でくいっと死体を指す。
それを聞いて、は顔を顰める。
「……バラバラ?」
「まぁ、そんなもんだ」
は、ヒューズの背後のシートに目を向けた。
隠れきらなかった血溜まりが床に広がっている。シートの脹らみは二つ。二人分の遺体が下にある事を示していた。
一つは大人程の大きさ。タッカーのもの。そしてもう一つは、僅かに小さい。……ニーナだ。
「……」
「?」
「え? ああ……ごめん、なんでもない」
不思議そうに声をかけるアームストロングに、は苦笑しながら手を振った。
ロイはその背を見ながら、眉を寄せる。
昨日に引き続いて今日のこの事件。あまりにも酷すぎた。
「で、凶器は?」
気を取り直してといった様子で、はヒューズに問いかけた。
ヒューズは首を振る。
「わからん。だが……犯人の目星はついてる」
「え?」
「どうだ、アームストロング少佐?」
「ええ、間違いありませんな。“奴”です」
「奴?」
ロイが眉を寄せて問い返す。
アームストロングは頷いた。
「“傷の男”……スカーです」
「「スカー?」」
とロイの声が重なった。
「ああ。素性がわからんから、俺達はそう呼んでいる」
「スカー……国家錬金術師殺しの男だね」
片方の手を顎へ持って行き、自分の持っている『スカー』という男の情報を探してみる。何度も話は耳にしていた。国家錬金術師ばかりを狙う、“傷の男”の話を。
「素性どころか、目的も凶器も不明にして神出鬼没。ただ、額に大きな傷があるらしいという事くらいしか情報が無いのです」
「でも、殺し方はいつも同じ、か」
「その通り」
ふむ、とは納得したように頷く。
タッカーも資格を剥奪されるとは言っても国家錬金術師であった。だからスカーに狙われた。見張りの憲兵とニーナは巻き添えを食らったのだろうか。
「今年に入ってから国家錬金術師ばかり、中央で五人。国内だと十人はやられてるな」
「ああ。こっちにも、そのうわさは流れてきている」
ロイも頷いた。
息を吐き、ヒューズはずり落ちた眼鏡を上げながら続ける。
「ここだけの話。つい五日前にグランのじじいもやられてるんだ」
「うっそ!? マジで!?」
「“鉄血の錬金術師”グラン准将がか!? 軍隊格闘の達人だぞ!?」
もロイもぎょっとしてヒューズに目を向ける。
ヒューズは肩を竦めた。本当の事なのだ。
「まぁ、信じられんかもしれんが、それくらいやばい奴がこの街をうろついてるって事だ。悪い事は言わん。お前ら二人は護衛を増やして、しばらくおとなしくしててくれ。これは親友としての頼みでもある」
軍部の中で、ロイ、ヒューズ、は特別仲がいい。
父親が軍に居たため、幼い頃から司令部でほとんどの時間を過ごしているは、軍の人間が家族のようなものだった。面倒見の良いヒューズとロイは、何かとを構ってくれた。そのためにとって二人は信頼出来る兄貴分であり、二人にとっては妹のような存在なのだ。
「ま。ここらで有名どころと言ったら、タッカーとお前さんくらいだろ? 今はもな。タッカーがあんなになった以上、二人が気をつけてさえいれば……」
「まずいな……」
ロイがヒューズの言葉を遮って呟いた。
「オ、オイ?」
「なに? どうかした?」
とヒューズが何事か、とロイを見る。
ロイはそれには答えず、近くの兵に指示を出す。
「宿にエルリック兄弟がいるか確認しろ。至急だ!」
「あ、大佐。私が司令部を出る時に会いました。そのまま大通りの方へ歩いて行ったのまでは見ています」
通りかかったホークアイがロイに言う。
ロイは「こんな時に……っ」と焦った様子で呟いた。
瞬時に状況を理解したは、ドアへ向かって走りだした。
「!?」
ロイが叫ぶ。
「手の空いている者は全員ただちに大通りに! 通りを完全包囲! 指揮はそっちに任せる!」
「待て! 何処へ行くんだ!?」
「先に大通りに行く! ロイ達は他の人集めてから来て! 大至急!」
ドアの所で振り向いたは、ロイに指示を投げると、またすぐに駆け出した。
静かだった室内がざわめきだす。
ヒューズは笑いながらロイの隣に並んだ。
「さすが将軍、か。さて。急ごうぜ」
「ああ。至急司令部に連絡を取れ! 車を出して、手の空いている者を大通りへ!」
ロイが周りの人々に指示を出した。
兵達は「ハッ!」と敬礼をすると、慌しく走っていった。