今から十六年前。はアクアヴェイルのトウケイ領領主の家の長女として生まれた。
王族に生まれたは幼い頃から何不自由なく暮らした。だが、幼い頃から父親は兄ばかり気にかけ、を気にかけることはほとんどなかった。それもそのはず。いずれ家を継ぐのは男である兄。女のは継ぐことはできないのだ。ただ、代わりに母親だけは人一倍を可愛がり、愛情を注いでくれた。
は母が大好きだった。
物心ついた頃から、はよく窓から庭を見ていた。庭ではいつも父親が兄に武術の稽古をつけていた。は部屋からそれを見て、見よう見まねで素振りの練習をしていた。大好きな母を守れるように、力をつけようと思ったのだ。父親はそんなに気が付き、彼女にも武術を教え始めた。は単純に強くなれることを喜び、我武者羅に稽古に励んだ。だが、父親が武芸を教え始めたのは、いざという時に女子供の方が奇襲をかけやすいからという理由だった。そうして、父親はに暗殺術まで徹底的に教え始めた。
母親はに刀を持ってほしくは無かった。何度もを説得し、稽古をやめさせようと試みた。だが、は頑なにやめようとはしなかった。力をつけて母を守るのだといって聞かないのだ。
アクアヴェイルは男尊女卑がはっきりとしている。母が家でどれだけ立場が弱いか、幼いにもわかっていた。それに加え、母は病弱だった。父は母の病気には無関心だったのだ。
言っても聞かないのだろうと諦めた母は、を諭した。
「良いですか、。決して傷つけるために刀を振るってはいけませんよ。傷つけるための剣は悲しみしか生みません。あなたは守るために刀を持ちなさい。そして、自分の信念を貫くために刀を持ちなさい」
「しんねん?」
「こうしたい、という強い想いです。いずれあなたにもできますよ。曲げられない想いが」
幼いにはまだ理解のできない話だったが、真剣な母の目にただ頷いた。
それから数年。は父に武術を教えて貰う日々が続いた。少し腕がたつようになると、はよく街の周辺の森を探検して遊ぶようになった。多少のモンスターなら対処できるようになっていたのだ。はよく道に迷ったが、街から遠く離れることはなかったため、遠くから見える城を目印に帰ることができていた。そしてある日、海岸沿いの洞窟に入ってみると、その奥に古びた剣が一振りあった。
それが、とリィドの出会いである。
『初めまして、だな』
あまり外には出ないは、目につくいろんなものに興味を持っていた。喋る剣に戸惑いはしたものの、好奇心の方が勝った。
『俺はリィド。お前は?』
「」
そう自己紹介して、はリィドを手に取った。
「よろしくね、リィド」
家に持ち帰って、はリィドにいろいろな話を聞いた。そして、リィドと出会ってから、は更に活発な少女へと成長していった。刀の腕も、兄と同等にまでなっていた。
他の領地にも遊びに行くようになり、そこでジョニーやフェイト、エレノアと知り合った。三人ともを妹のように可愛がってくれ、も三人が大好きだった。
この頃から、段々と父の街の治め方が武力化していった。逆らったものは次々に処刑される。街の老人たちは、父の事を「昔から乱暴だったが、人一倍街を愛していた」と口々に言った。この行いも街のためなのだろうか。にはわからなかった。
それから数年。母は病気で死んでしまった。
は泣いた。泣いて、泣いて、涙が枯れるほど泣いた。
それを慰めてくれたのがエレノアだった。男尊女卑の風習の強いアクアヴェイルでも、はっきりとした物言いができる女性のエレノアは希少な存在だった。は彼女が大好きだった。いつしかはエレノアに似て、物事をはっきりと言葉にするようになった。しかし、それは外にいるときだけ。城に帰れば、は大人しい子供を演じなければならない。
そして、父親はついにシデン領主から大王の座を奪うまでになっていた。
そんな頃、フェイトとエレノアが結婚し、はジョニーと一緒に祝福した。の父親がシデン領主から玉座を奪ったことに彼らは怒りを感じていた。だが、その時、彼らはとても幸せだった。
そんな生活がいつまでも続くと思っていた。
は城で父と兄の会話を聞いてしまった。それは、エレノアを妻に欲しいという兄の言葉だった。結婚してから僅か一週間。エレノアは父によって無理やり城へと連れて来られてしまった。ただ涙を流すエレノアにがかけられる言葉はなかった。そして、父に行き場のない怒りを感じていた。
ついにエレノアが逃げ出した。城が騒がしくなったことで、それに気づいた。エレノアを捕えに父が行ったと知ると、は走った。森を抜けた海岸沿いの開けた崖へ出た。そこでが二人を見つけた時、父親の刀がエレノアを貫いていた。涙を流し、血を吐いて倒れるエレノアが視界に入り――
の中で、何かが音を立てて切れた。
無我夢中でリィドを抜いて父親に斬りかかった。だが、幼いでは男物の剣であるリィドを上手く扱えはしなかった。しかも、父は仮にも武王と称されるほどの刀の使い手だ。子供のが敵う相手ではなかった。あっけなく攻撃をかわされると、父親は娘であるを斬った。刀はの右腕を大きく裂いた。その衝撃で、は崖下の海へと転落した。父はが死んだと思い、そのまま立ち去った。
だが、は生きていた。何とか岸に這いあがると泣いた。また大切な人を失ってしまったと涙を零した。自分は守るために強くなろうと稽古をしていたはずなのに。
の手に残ったのは、リィドだけだった。
「私、アクアヴェイルを出るよ。もっと強くならなきゃだめだ……ここにいちゃだめだ……」
街のためなのかもしれない、と僅かな希望にかけていたがこれで決まった。息子のために、攫ってまで連れて来た女性が、手に入らなかったら殺す。これも街のためなのか? 否、そんなはずがない。父によって何人もの命が犠牲になった。決して街のためなんかではない。
許せない。絶対に。
幼い頃、母に教えられた言葉を思い出す。
「決して傷つけるために刀を振るってはいけませんよ。傷つけるための剣は悲しみしか生みません」
その通りだと思う。事実、たくさんの人が悲しんでいる。たくさんの人が泣いている。
「あなたは守るために刀を持ちなさい。そして、自分の信念を貫くために刀を持ちなさい」
幼い頃、意味がわからなかった母の言葉。
自分は守るために剣を持とう。自分は信念を貫くために剣を持とう。
涙を拭って宣言をする。
「強くなって……ティベリウスを討つ」
もう父の言う通りには動かない。自分は父の駒なんかじゃない。
これ以上失わないために剣を持とう。自分が信じた道を歩くために剣を持とう。
そして、はアクアヴェイルを出た。
が僅か十二歳の時だった。