『神』はまず宇宙を作った。そして、太陽を作った。
 そして自分の思う通りに星を作り、生命を作り出した。
 『世界』は『神』によって作られたのだ。

 そんな『世界』が、いくつもあると知っているだろうか。
 『世界』が『神』によって生み出され、そして管理されていると知っているだろうか。
 そして、その『神』の存在を認識し、統制している『機関』があるのを知っているだろうか。

 『神』が『神』であるためにはいくつもの掟が定められている。
 ひとつ、『神』に私利私欲は認められない。
 ひとつ、『神』は直接手を下してはならない。
 ひとつ、『神』は『機関』に逆らってはならない。

 その一つでも犯した場合、『神』に罰が下される。
 『機関』において、唯一『神』へ直接手を下すことが許される者。『執行人』によって――


「くっ……!」

 神が後ずさる。体にはいくつもの傷が出来ていた。だが、傷口から流れる血はない。神に血は流れていない。代わりに、金色の砂のようなものが傷口から溢れていた。
 目の前にいるのは三人。金髪の女が一人、そしてその脇に黒髪の少年と少女が武器を構えて控えている。
 女は長い金髪をさらりと靡かせ、冷たい瞳で神を見た。

「管理ナンバー2573。罪状。『人間に恋をした』」

 冷ややかな声だった。
 神がぐっと歯を噛み締める。

「なぜだ! それの何がいけない! 神が人に恋をしてはいけないというのか!」

 神が叫ぶ。女は腰に手をあて、首を振った。

「いけないな。お前は人間じゃないし、ましてや人々の信仰する神でもない。お前は『世界を管理する神』だ。私情は認められない」

 神とは二種類存在する。
 世界を管理する神。そして、人間などの生命が信仰する小さな神の二種類だ。生命が信仰する神は、あるいは生命を見守り、あるいは生命と共に暮らしている。

「人間が信仰している小さな神なら、人間との恋も美談になるだろうが、お前は違う。そうはいかない」

 目の前にいる神は、『世界を管理する神』であった。機関の管理対象であり、ただ自分の生み出した世界を管理するためだけに存在している。そこに感情は不要である。

「では、わたしは神を辞める! わたしは人間になろう! そしてあの人の傍で共に生きよう!」
「言っただろ。私情は認められない」

 必死に懇願する神に向かって、女は表情を変えずに言った。

「刑罰執行」

 パチンと女が指を鳴らす。女の右手のグローブの甲についている半球が、光り輝いた。

「お前に与える罰は、記憶の消去だ」

 神が息を呑んだ。

「いやだ……! やめてくれ! わたしに、あの人を忘れさせるなんて、そんなこと!」

 神は首を振り、涙を浮かべながら後ずさった。
 女は初めて口元に笑みを浮かべた。

「安心しろ。お前は、そいつを含め、自分の管理する世界すべてを愛することになるだろう」

 そして、女は右手の甲からふわりと湧き出た光の玉を、神に向かって飛ばした。光は神の体に当たり、神を拘束するように全身を捕える。
 親指と人差し指だけを立てると、人差し指をぴたりと神の額に照準を合わせる。無音で、光が撃ち出された。その光は、神の額に当たり、吸い込まれていく。

「あ……や、やめろおおおおおッ!!!」

 神の断末魔が響く。
 それも数秒のこと。光の拘束は解かれ、神はふらりと倒れ伏した。

「執行完了」

 女は、まるで人差し指の煙を消すかのように、ふっと息を吹きかけた。
 後ろに控えていた少年と少女が武器を消した。
 目を覚ました神は、もう人間に恋をした記憶は残っていない。記憶はすぐに修復され、ただ世界を管理するだけの存在に戻っていく。

「おーわった。帰るぞ、皆の者」

 くるりと振り返り、頭の後ろで両手を組みながら女が言った。少年と少女がその後に続く。

「神が人間なんちゅう矮小なもんに恋をするとは。恋は視野を狭くするっつー言葉の体現やな」

 少年がポケットに両手を突っ込みながら、後ろでまだ倒れている神に目を向けた。

「狭すぎなんだよ。針の穴覗いてんじゃねーんだぞ」

 ため息をついて女が言った。
 神によって、管理すべき世界の大きさは違う。だが、そこに住まう大量の生命のうちの一つに恋をするとは、滅多にない例だった。

「ま、私はいつでもハナに恋してるからねーハナちゃん」
「恐縮です」

 少女を抱きしめて頭をぐりぐりと撫でながら女が言う。少女は表情を変えずに機械的に返事をした。少年がその様を見てため息をつく。

『執行完了を確認。帰還まであと十秒。お疲れ様でした』

 女のインイヤーモニターに音声が流れる。

「次も楽な仕事がいいにゃあ」

 女は少女を抱きしめたまま言った。
 十秒後。空から光が落ち、三人を包んだ。
 次の瞬間、そこにはもう誰もいなかった。