「まーた、変なもん拾ってきやがって!」

 と、レオンに怒られたのはいつものこと。動きを停止させた暴走オートマタを担いで工房に帰ったエマは、レオンに解体を命じていた。

「おまえで見慣れてるけど、普通の技師ならひっくり返るぞ……人間に似せすぎだろ」

 ぶつぶつと言いながら、レオンは工具で頭と胸を解体していく。人型オートマタの重要部位はその二点だといえる。その作業を、エマは椅子に座ってコーヒーを飲みながら見ていた。
 帝都で行われている人を作る研究では、オートマタに人間における『生』を定義し、『死』を定義した。『死』を怖れるのは『感情』か、忌避するのは『理性』か。ならば、この試作品オートマタと人間の違いは何だろうとエマは思う。『機械の体であること』――それこそが決定的な違いであるのか。確かにこのオートマタは暴走していた。例えるならば、感情のうちの『怒り』や『困惑』のようなものが強く出ていたのだろう。それでは、完璧なまでに感情を表現し、制御できるオートマタが現れたら、それは果たして『人間』といえるのか。

「エマ」

 レオンに呼ばれて俯けていた顔を上げる。何かが飛んできたので、片手で掴んだ。

「なんだこれ」

 手のひらサイズの金属の箱だった。

「胸部にあった。感情回路っつうのかな……こいつが体験したことを頭部にあった記憶回路に蓄積して、この感情回路で計算して感情が出力されるって感じ? たぶんそう」
「こいつはその感情回路がうまく動いてなかったみたいだけど」
「その部分が研究真っ最中って感じなんだろうな。側面の文字見てみろ」

 回路の角度を変えてみると、側面に確かに文字があった。『帝都技術庁』と記載があり、エマは眉を寄せた。技術庁は帝都にある国家機関だ。蒸気機関から発生した様々な最先端の技術を研究している。

「つまり、女王命令ってのは間違いなさそうってことか」

 手の上でぽんぽんと感情回路を遊ばせながらエマが言う。レオンが腕を組んだ。

「でも、どうして機械で人間を作ろうとしてるんだ? オートマタに感情を与えて人間に近付けるだけ、機械としての利便性はなくなる。人間にできないことを機械が、機械にできないことを人間がやるのが今の常識だ」
「そうなんだよな。機械としての利点が減る。――つまり、女王が欲しいのは本当は『人間』なんじゃないか?」

 レオンが眉を寄せる。

「まさか。だとしても、それを機械で実現しようって発想が突飛すぎる。人間が欲しいなら人間を用意すべきだろ」
「欲しいのは有り合わせの人間じゃない、とかな。たとえば、死んだ人間のコピーとか」

 レオンは言葉に詰まったが、すぐに納得したように頷いた。

「……なるほど。それなら可能性はなくはないな。倫理的にどうかと思うけど」
「倫理なんてあってないようなもんだろ、この世界のトップだぞ相手は」

 感情回路を遊ばせるのをやめ、レオンにまた投げて渡す。レオンも片手で掴んだ。

「もう少し調べてみる。エマは部屋戻ってていいぞ」
「ああ、頼んだ」

 コーヒーを飲み干して、エマは自室に戻ることにした。ブーツを脱いでベッドに転がる。頭の後ろで手を組んで、天井を見つめて息を吐いた。
 人間になれと言われて作られた、とオートマタは言った。自分はどうだろうと考える。元々人間だった自分は、別に「機械になれ」と言われたわけではない。でも、実際のところ、今は「機械」だと自認している。それは誰に言われたわけでもない。エマ自身が、自分は機械なのだと、もう人間ではないのだと、そう思っている。諦めたのか? 否、これは「事実」だ。自身の大部分が機械であるし、動作も思考も機械である自分に適したように変えてきたと思う。では、機械が人間になるとは、どういうことなのだろう――機械であるのに、どうして人間になれるというのだろう。

「少しわかったことがある」

 翌朝、キッチンにやってきたエマを見て、レオンが淹れたてのコーヒーを飲みながら言った。昨日と同じ服で頭はぼさぼさだったので、恐らく寝食を惜しんで解析していたのだろう。レオンが技術オタクなのは今更だとエマは思う。

「わかったこと?」
「恐らく感情回路……昨日見せた箱な。あれも作りかけではあるんだが、おおよそ想定範囲の動きはする。過去の記録と現在の状況を比較し、適切な反応を出力する。それがあの箱の動きだ」
「はあ……じゃあ、何が問題だっていうんだ?」
「『記憶』が足りない」

 記憶、とエマは呟く。

「記憶が足りないから、どんな感情を表せばいいのかわからない。どうして自分が機械で、どうして人間になれと言われているのか、それが理解できない。そんなところだ」

 レオンがコーヒーを啜る。

「その記憶ってのは、後付けでどうにかなるものなのか? 人間は生まれてからの記憶しか持たない、それは当然のことだ。機械だって作られてからのことしか知らないんじゃないのか?」
「人間は生まれてからの記憶しか持たない、本当にそうか?」

 レオンのもったいぶった言葉に、エマはむっとする。少し笑みを浮かべてレオンが言う。

「記憶っていうのは、つまり『情報』だ。俺たちは、自分が生まれていない百年前の産業革命を本や他の人間から聞いて知っている。そうだろ?」
「じゃあ、『情報』を与えてやれば、あいつはまともに動くってことか?」
「恐らくな」

 コーヒーを一口飲んで、レオンはカップをテーブルに置いた。

「技術庁の連中は、こう仮説を立てた。『人間であるためには、感情が必要だ』――だから、まずは感情を制御するための装置を作った。まだ開発途中だが、それを実装したのがあのオートマタだ。ただし、感情制御の開発が先走って記憶……情報が足りなかった。その結果を元に、今も開発は進んでいるだろうさ」

 しばし沈黙が続いた。
 エマは思う。感情が完全に制御できるオートマタが作れたとしたら、それは人間と同じといえるのか。何が揃っていれば、それは人間であるといえるのか。頭があって、手足があって、それはオートマタでも作れるものだ。内面的なもの。感情。理性。そういったものがあれば、人間と呼べるのか。エマにはわからなかった。

「まあ、とりあえず起動して話してみるか」
「起動して話をする?」

 エマの言葉にレオンがぎょっとした。

「暴走した理由はわかっても、解決してないんだぞ。再起動は危険だって」
「大丈夫だよ。暴走したらまた黙らせるから」
「暴力的ぃ……」

 レオンはオートマタを再起動させることに渋々頷いた。
 工房に移動して、作業台に寝かされているオートマタを見る。既に分解していた部分は閉じたようで、元の姿に戻っていた。レオンが恐る恐るという様子でオートマタを起動させる。そして、素早くエマの後ろに隠れた。数秒置いて、オートマタが目を開ける。周囲を見回し、オートマタはエマを見て眉を寄せた。

「……おれを破壊しなかったのか」
「必要のない破壊はしない」

 エマが答える。レオンが怪訝な目をエマに向けたのは見なかったことにした。

「おまえはどこまで知っている? おまえを作ったやつらに、何を聞かされた?」

 オートマタは上体を起こし、作業台から足を下ろして座る形になった。不機嫌そうだった。

「何も知らない。ただ、おれは『人間を作る計画』とやらの試作品だということ。『人間になれ』と言われていろいろと教えられたが、結局やつらの言う『人間』になれなくて、暴れたら追い出された。それだけだ」
「覚えている最古の情報は?」

 エマの問いの意味がわからないというような表情で、オートマタは答える。

「おれが目覚めた時の研究者の表情」
「まじか……情報は与えられなかったのか……」

 レオンが唖然としたように呟いた。

「何も知らない赤ん坊に突然無理難題を押し付けてるようなものなんだから、そりゃ癇癪も起こすよ。当然の反応だ」

 レオンの呟きを拾って、オートマタは目を見開いた。

「おれの反応は、『人間』として正しかったと?」
「え? ああ、そう思うけど」
「……そうか」

 オートマタは少し嬉しそうに笑みを浮かべた。エマはそれを見て、頷いた。

「やっぱりおまえをスクラップにするのはなしだ。仕事をやる。ついて来い」
「仕事?」
「エマ!?」
「ああ、おまえは来なくていいよ。寝てろ」

 レオンにそう言い放ち、エマは歩き出す。オートマタは作業台から降りて、困惑しながらエマの後に続いた。
 工房を出て、外を歩く。エマが黙って先を歩くので、オートマタも黙って歩く。大通りから脇道に入った更に脇道の、二人並んでは通れないような細い路地の向こう。エマが昨日立ち寄ったカフェだった。

「いるか?」

 店主はいつも通りカウンターの向こうで新聞を読んでいたが、エマがオートマタを連れてきたので、新聞からエマたちへと視線を移した。

「……例のオートマタか」
「ここの新しいウェイターだよ」
「おい、どういうことだ」

 オートマタがたまらず尋ねた。その時、キャタピラを動かしてウェイターがやってきた。

「いらっしゃいませ。ご注文は?」

 オートマタが目を見開いた。

「おまえの先輩だよ」

 エマがウェイターのオートマタを指さした。そして、今度はウェイターの方を見る。

「ルーク。おまえの後輩だ。コーヒーの淹れ方やウェイターの心得を教えてやってくれ」
「後輩。検索します……ヒットしません。マスター」

 店主がルークという名で呼ばれたそのウェイターオートマタを見た。

「あとでアップデートしてやる」

 そう言ってから、店主はもう一度エマを見た。

「こんな閑古鳥が鳴くカフェに、新しいウェイターだと? いらんいらん。おまえさんとこの技師の助手にでもすればいいだろう。私に押し付けるな」
「何言ってんだ。年の功ってやつだよ。あんたの方が人生経験長いだろ。こいつにいろいろ教えてやってくれ。『情報』が足りないんだ」

 エマの言葉に、店主は少し考えて納得したようだった。息を吐く。

「なるほどな……」

 そして、エマの隣にいるオートマタを見た。エマより頭一つ高いオートマタは、その視線に思わず姿勢を正した。

「おまえさん、名前はなんという」
「な、名前? そんなものないけど……」

 そう言うオートマタに、エマも目を向ける。

「そういや、名前決めてなかったな。なんかいい名前つけてやれよ」
「やれやれ、なんでも人任せだなおまえさんは」

 店主は少しだけ新聞に目を向け、またオートマタに視線を戻した。

「グリムだ」
「グリム?」
「『憤怒』という意味だ」

 怒りに任せて暴走したオートマタに、店主はその名前をつけた。怒りそのものが決して悪いのではないと。正当な怒りもあるのだと。それを忘れないように、名をつける。
 グリムと名付けられたオートマタは、少し照れくさそうな顔をして「グリム」と何度か繰り返して呟いた。

「エマさん。ご注文は?」

 ルークが問う。エマが微笑んだ。

「待たせたな。いつもので頼む」
「ブレンドコーヒーにミルクのみ。承りました」